東へ・・・T

ロミスナーレと名乗った天使の言葉に後押しされたとはいえ、心の奥底では罪悪感が溜まっている。
母も根拠も無く、娘だけでも助けようという考えで自分を後押しした。
そして、幼馴染みと憧れている人を巻き込んだ。
東に何かある
天使のおかげで東を目指すきっかけにはなったが、本当にこれでいいのかという疑問。
―――もう家族には会えないかもしれない
「やっぱり辞める」
もうこの言葉が言える状況じゃなかった。
リュア・ティークは荷物から地図を取り出し、道の確認をしている。彼女は見ている事に気付き、笑顔で返す。待ち合わせの時刻より早く来た。 彼女の家族は反対しなかったのだろうか・・・?
フィーラは考えていた。イクスケリオンはまだ来ない。
11月、まもなく冬の到来とは思えないほど空は澄み渡り、まるで旅立ちを見送るようであった。
街は静か。その沈黙を破るようにイクスケリオンの声が響く。
「遅くなった」
「・・・ありがとう」
イクスケリオンは首を振る。
家からエルマが出てきた。若者三人の顔を見回す。
「さて、出発ね・・・」
何故か嬉しそうだ。フィーラには母の心境が理解出来ない。
(・・・・・・)
「行ってきます」という言葉が言い出せない。フィーラは下を向く。
母は彼女を抱きしめる。
「一時(いっとき)、私の事を忘れなさい。今は家族の絆よりも何をするべきか・・・じゃないのかしら? イクスケリオンとティークさんはあなたの身を案じて、希望があると信じてきてくれた。今はそれに応えなさい。 企画者が消沈しちゃ、折角の旅も台無しよ」
(おばさん・・・)
エルマの言葉を聞き、何としても娘を送り出そうとする強い意志をイクスケリオンは感じ取った。娘だけでも助けたい、世界を救う何かを見つけてきて欲しいという願望・・・。
「うん・・・わかった・・・」
答えたフィーラの背中をエルマは軽く二回、叩く。
「行ってらっしゃい」
言い、フィーラを離す。
「・・・それじゃ、行ってきます。何があっても、絶対・・・」
「ええ、そのつもりよ。・・・あなたも」
エルマはイクスケリオン、リュアの顔を見る。
「娘をよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。

笑顔で見送る母の姿が瞼に張り付いたまま。
フリーエリヒト市の東門を抜け、三人は東へ続く道を歩く。
悪魔の宣戦布告から一夜明け、残りの期限は6日。旅程は7日。一日送れの差が気になってしょうがない。
―――急がないと
しかしそれは悪魔に対抗する何かがあればの話である。天使の話が本当だとすれば・・・
・・・よくよく考えれば、天使の話した内容もいまいち釈然としない。絶対、何かを隠している。
東に行く意味はある。しかし、明確にしない。
首飾りとその所持者の事も話さない。
責任の押し付け・・・
(・・・何で・・・私なの?)
フィーラの思考は急ぐ気持ちと歩みを阻害する疑問が入り混じっていた。
海からやってくる冷たい風に体が反応し、縮む。
―――隠し事をしているのはお互い様、かな?
何故自分が選ばれたのは知らないが、彼女も誰にも打ち明けていない望みがある。何日か前に、前を歩くリュアに言おうとはした。似た境遇の彼女なら自分の理想、思いを理解してくれる。
フィーラの視線を受ける頼れるガイドは彼女とイクスケリオンの前を歩く。
しばらくして、イクスケリオンが話しかけてくる。
「大丈夫?」
「え?」
「いや・・・休み無しで歩いているから心配になってさ・・・」
イクスケリオンはリュアの背中に視線をやる。
「彼女、強いね・・・」
「そうだね・・・。よく一人旅で世界回ってるみたいだから」
イクスケリオンはリュア・ティークに初めて会った時を思い起こした。フィーラから話だけを聞いているときはどんな人間か興味を持った。 とんでもない筋肉質で、バカでかい女を想像していたが、会ったらフィーラよりも少し背が高く、体の線も(フィーラよりも胸も尻も大きいが)普通な女だった。
―――あ、どうも、はじめまして
フィーラは彼女を命の恩人、英雄視していたが本人にはそんな気はなく、初対面だったせいか、やけに下手(したて)に話す真面目な性格と取れた。
するとリュアが振り返る。
「ほら、ミーラズポート」
リュアの指の先に町が見える。
「着いたら、何か食べましょう」
リュアは付け加えた。
「はい」

テトラミーラ王国首都フリーエリヒト市の隣に位置する港町ミーラズポートは漁業と内陸の山々から流れてくる清流による酒造りによって栄えてきた。 丸一日かけてフリーエリヒト市との間を往復するつもりで、酒、水と食用の淡水魚を買いに来る者も珍しくない。
フィーラ達一行は明らかにそれとは違う。
観光客を歓迎する大きな看板の前を通り、フィーラとイクスケリオンは近くのベンチに腰を掛けた。
(足が・・・)
フィーラは張った足を揉む。
「大丈夫?」
リュアが心配してきた。
「は、はい、大丈夫です」
(・・・強がり)
思い、リュアは口を開く。
「お昼にしましょう。いい店、案内します」
再びリュアを先頭に歩き出した。
町の中心を突っ切る通りに人の姿は無い。寒いという理由だけではないだろう。海の方を見ると二つの動く影があり、漁に使うと思われる船の手入れをしている。 彼らも、自分の家族やフィーラの母親と同じ様に故郷を死に場所に選んだのだろうか・・・?
前を歩くリュアは昨夜エクルスに会い、東に行く事を伝えた時を思い出す。

自分の思い、何をすべきか・・・
エクルスは黙って聞いていた。
リュアは一頻り話し、兄の返答を待つ。
彼は暫く考えた後、口を開いた。
「行け、母さん達もそう言ったんだろ?」
「ま、まあ・・・ね・・・」
突然の告白に兄は動揺を見せない。それに明日には出発、今夜が最後の一緒の時間かもしれないのに・・・。
「どうした?俺の返事に驚いた?」
「ティーク家って即決する人々が多いと思って・・・」
―――ははは
エクルスは笑い、言う。
「だって、母さんやガルトが『行くな』と言っても、お前は行くだろう。その旧文明の何か、もしかしたらお前の『望み』を叶えられるかもしれないしな」
―――え?
「・・・父さん、だろ?・・・言わなくても俺は知ってるよ」
「・・・・・・」
「どっちにしろ、俺は此処を放れられないし。お前だって大人だ、自分の意思を大事に。こんな事態になった今、何をするのが最善か・・・。 お前の意思を俺に阻む権利は無いよ」
「・・・・・・ありがとう」
エクルスは頷く。
「もう行かないと・・・。最後にこれだけ約束してくれ」
「・・・?」
「何があっても最後まで諦めず、生きてくれ。そして出来る事ならばテトラミーラに戻ってきてくれ。俺も生き残る」
「約束する」
二人は抱き合い、そして別れた・・・

「ここです」
何処にでもありそうな喫茶店兼食堂兼酒場。『営業中』の看板が下がっている。窓から中の様子を窺う。客はいないようだ。 リュア、フィーラ、イクスケリオンと店内に入る。本当に空いている。
「いらっしゃい」
髭を生やした中年男性の店主は頭を下げた。
三人はカウンターに腰をかける。
・・・・・・
魚料理を賞味している三人に店主は言葉をかける。
「お客さん達、テトラミーラから?」
「・・・そうです」
フィーラは答えた。
「やっぱり。見た所、ミーラズポートに観光に来たような格好じゃないからさ。ま、理由は聞かない事にしとこう」
(・・・・・・)
フィーラはそれ以上会話を続ける必要が無いと思い、ハハッ・・・、と、小さく苦笑する。
料理に手を戻すと今度はリュアが店主に訊く。
「あのー、町の人達は・・・今は・・・?」
やはり町の静けさが気になって仕方がなかった。フィーラもイクスケリオンも。
「今朝から東に避難していくよ。怖くなったか、何も手につかなくなって家に篭っている住人もいるらしい」
「そうですか・・・」
リュアはそこで会話を止める。
三人は自分達の目的、目指す土地を他人に言う気は無かった。余計な『荷物』は足手纏いになる。 唯でさえ期限が迫り、どう足掻いても間に合いそうにもない。そんな状況にこれ以上の『荷物』は。 悪魔達の攻撃を回避する方法が具体的にわからない。この世界の全ての人間を救えるのか?それ以前に本当にあるのか?
天使ロミスナーレの言葉・・・
もし赤の他人に代弁し、何も無かったら・・・?「虚言だ、人を陥れる悪魔の使いだ」なんて迫害されるのは嫌だ。
余計な事を口走らない為に三人は料理を口に運ぶ。

真実を伝えれば助かるかもしれない人達を残し、三人はミーラズポートを離れた。
灰色の雲の向こうにうっすらと白い太陽が。
フィーラとイクスケリオンは暫しの休息と食事のお陰で体力を取り戻せた。
「どうでした?口には合いました?」
リュアは地図を見ながら、さっきの店の感想を求める。
「おいしかったです」フィーラとイクスケリオンの声が重なる。
「あー、そう言ってもらえると嬉しいです」
フィーラは何気無くリュアの横顔を見る。
(どうしてこの人は、ここまで一生懸命なんだろう・・・?)
まるでリュアの旅に自分が無理矢理連れてこられた様な気分になる。声を掛けたのは自分なのに引張られる側に回されている。
自分と彼女の性格の違いか・・・はたまた生への渇望の差か・・・
(・・・・・・)
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