東へ・・・V




  地獄の闇から光に至る道は長く、そして険しい
             ―――ミルトン『失楽園』



結局、アークエイトを放置したまま、アズリーは拠点である塔へと戻った。
彼は急いでいた。
何でこの塔はこんなにも扉が多いのだ?
通路、扉、通路、扉、階段、階段、階段・・・
イライラしてくる。
途中で何人もの悪魔達とすれ違う。彼等はアズリーに対して、敬礼をしたが、アズリーは無視していった。
そんな調子で最上階。
ビュージェエイファの間の一つ前の広間、会議室に入る。長い机にまばらに座った『七大魔帝』の面々が入室者を見ると軽口のレイスクが口を開く。
「おお、リーダー、こんな時間に何処へ・・・て」
アズリーは彼等を見たが何も言わず、脇を通り抜け、奥の大きな扉を勢いよく開けた。
―――どうしたんだ?
周りの者達は互いを見合う。
悪魔を統べる者ビュージェエイファは魔力を高める為の瞑想の最中だった。彼を囲む様に置かれた小瓶は青白い炎を放っている。
部下の突然の入室にビュージェエイファの眉がピクリと動いた。邪魔をされた・・・
「何だ?」
怒りを滲ませ、口を開いた。
「大至急、お伝えしなければいけない事が・・・」
ビュージェエイファはアズリーを睨み続ける。
「言え」
「アークエイトが・・・時を止める魔法を知っています」
(何・・・?)
表情、肉体による変化はアズリーには確認できないが、ビュージェエイファ本人は動揺していた。心拍数が僅かに上昇。 魔帝の面々も再び顔を見合わせる。
先日のテトラミーラを襲撃した三人に疑いがかかる。
―――何か見落としていたのでは・・・?
―――アークエイトの手先の者がこの塔の中に・・・?
―――人間界に居たのでは・・・?
「先日の作戦のせいじゃない、それよりも前だ」
アズリーは後ろを向いて言った。顔をビュージェエイファに戻す。
「天使ということだけは吐きました。ただ・・・」
「ただ?」
ビュージェエイファは先を訊く。
「天使レシュラントじゃないようです」
「他に居るということか?」
「そのようです。アークエイトは自らが殺したとも言いました。ですが、人間界にいる天使に該当する者が居るかもしれません。 我々のように蘇った可能性も・・・。更に、アークエイトが其の者の名前を口にする時、邪魔をする者が・・・」
「誰だ?」
「何者かは判りません。アークエイトに憑依する形・・・とでも言うのでしょうか・・・姿を確認したわけではありません」
(・・・・・・)
ビュージェエイファは記憶を遡る。
時を止める魔法を操り、アークエイトの肩を持つ者・・・。
天使レシュラント以外・・・
そのような存在は記憶にない。
「お前達」
一同は黙り、ビュージェエイファを見る。
「人間界の天使共、そしてアークエイトの動きを監視するよう部下に伝えろ。監視だけだ。 奴等の行動、接触した奴・・・。どんな細かい情報でも集めろ」
―――了解
部下達は出ていこうとする。
「アズリー、お前は残れ、話がある」
二人だけになるとビュージェエイファが口を開く。
「何をしに行った?」
「我々悪魔の復活について伺いに・・・」
隠し事、嘘は言わず、真実を答えたアズリー。
・・・伺いに・・・。この部分がビュージェエイファには気にくわない。悪魔としての存在意義を忘れ、 魂の抜けたような、腑抜けと化した始祖など何の役に立つ?もはや只の下級悪魔と同然ではないか。 そんなのが自分より実力が上だと思うと腸(はらわた)が煮えくり返る。
次の瞬間、アズリーは自分の親玉に壁に押さえ付けられていた。その瞬間が見えなかった。
ビュージェエイファは一秒にも満たないが、時を止め、部下に掴みかかったのだ。
アズリーの首を掴む手に力が籠められる。
「お前・・・本当はアークエイトの回し者じゃないだろうな?」
声が出せないアズリーは横に首を振り否定する。
―――ふん!
ビュージェエイファは解放する。
「・・・次は俺の許可無しでヤツにあったら、殺すぞ。そんな事は許さんがな」
崩れ落ちたアズリーを睨み、ビュージェエイファは言い放った。
アズリーが呼吸を整え、顔を上げると、ビュージェエイファは背を向け、「行け」を言った。
言われるままアズリーは部屋を後にする。
アークエイトの事が気になって仕方がない。たった今の自分の状況より辛い思いをしているだろう。
畏敬の念を持つとは言え、結局は他人事であった。



彼が望んだ事象はこの世にとって許されざる事象。だけど、 彼のようなこの世の真理を探究する者を殺す資格は自分にはなかっただろう。
でも、この世にとってそれしか選択はなかった・・・。もし彼に出会わなかったら、この世はどんな姿になっていたのだろう・・・?
今し方自分の中に入ってきた何かに彼の存在を感じた。
近くにいるのか・・・?
闇の中で私達の動きを見て、笑っているのか・・・?
彷徨う魂はようやく肉体に戻り、彼女―――アークエイトは目を開く。
そこは、魔界とは全然違う場所だった。
彼女を挿むように地の果てまで続く大きな建物の群れは捩れた上、一方から力を掛けられたのか潰れている。地面は捲れあがり、更には走る機械―――自動車―――が、 何台も赤錆に腐食され、転がっている。中には誰もいない。尤も、周囲に生命の気配が感じられなかった。 空を見ると雲がまるで炎のように赤く、急速に形を変えている。空が燃えているようだ。
現実で言う、核爆発後の都市の風景に似ているといえば、理解し易いかと思う。作者もそんな地獄を見た事は無いから、この例えが適切とは思えないが。
―――地獄
ほぼ赤一色に覆われた世界は髪も瞳もワンピースもサンダルも真紅のアークエイトの存在を飲み込んでいた。
何処に在るかも解らない、この世界からの出口を求めて、その道を歩き始める。

ここは何処なのだろうか・・・?
魔界最大の都市ディストピアに似た文明レベルのようだが、魔界で使われている言語とは別の言語が複数使われていたようだ。
フィーラ・ガルシュツァットが気に入りそうだ。
アークエイトは言語に対する興味はなかったが、この地獄の景色を観るべく、地上を二つの足で歩く。
生命の気配は相変わらず感じられない。
・・・・・・・・・
死の町の外れに来ると視界が開け、海が目前に広がっていた。
初めて見る海の水平線に赤く燃える太陽が沈んでいく・・・
視線を右に向けると、海に突き出た広い場所、そこにある大きな鉄のスクラップの上に動く影が。
(・・・・・・)
どうやら、『彼』に会わなくてはいけないようだ。
彼は長方形の鉄の塊―――錆びて変形したマイクロバスだったモノ―――の上に立ち、海または沈み行く太陽を見ている。
アークエイトは静かにスクラップの上に飛び上がる。それでも彼は気付かない。
ゆっくり静かに近付き・・・・横に並んでみた。
「道に迷ったのか?」
彼は視線をアークエイトに向けず、言った。
「いや・・・寄らなくてはいけない場所だ」
―――フフッ
彼は苦笑し、手に持った透明な瓶―――ペットボトル―――を口に運ぶ。
「お前から来るとは予想外だな。しかも『こんな場所』で再会するとは」
「ここは何処なんだ?」
「旧文明の現在の姿。何処かの誰かさんの御陰で1000年前、地獄の業火で焼き尽くされた世界に存在した都市だ」
「?」
アークエイトは男を見る。
「魔界、人間界と同じ時間軸上に存在する別次元の世界・・・だと思って貰えれば」
「誰がこんな事を?」
アークエイトの問いに対し、かつて彼女が殺した天使―――レイムバルツはゆっくりと目を向けた。
赤みがかかった金の瞳に吸い込まれそうになる。
「・・・お前だよ、アークエイト。お前の『前世』が何トチ狂ったのか知らないが、魔力を開放しやがった。お前の魔力の源である『地獄』をこの世界に直結させた。 地獄絵図だったぞ、この世界の生き物は生きたまま焼かれて(笑)その後の再生も大変だったが、なんとかうまく現在の段階まで修正できたみたいだ・・・」
レイムバルツはペットボトルを口に運ぶ。
アークエイトには彼の言った言葉の意味が解らなかったが一つ気になる単語があった。
修正・・・・・・
「修正とはどうゆう意味だ?私や悪魔達、天使達が復活した事か?」
「それはまた別だ」
「別?やはりお前が裏で我々悪魔を操っているのか?目的は私に対する復讐か!?」
逆上するアークエイト。感情をむき出しにするのは随分と久しかった。
「誰もそんな事言ってない。じゃあ、何でお前は俺に会いに来た?無視すればよかったんじゃないか?『お前から来た』んだぞ」
(・・・・・・)
黙るアークエイト。
レイムバルツは溜息を一つし、言う。
「少し・・・話す。お互い誤解してるところもあるようだしな」
アークエイトは顔を上げる。ここは彼の話を聞こう。冷静に・・・
「まず・・・お前に言いたい事」
「・・・・・・」
「俺はお前に対する殺意と復讐心は微塵も無い。むしろ、お前が居なかったら『羅針盤』を起動させる事は出来なかったからな。本当、お前には感謝する」
レイムバルツは悪魔のような笑みを浮かべ、そして続ける。
「お前の返事を聞かせてくれよ」
(・・・・・・)
確かに双方に戦う理由はもう存在しなかった。
「頭にこないのか?天使の血が入った様なヤツに利用されたんだぞ?さっきみたいに怒ってみろよ」
わざと挑発するレイムバルツ。
「私は・・・」
不思議なことに・・・嬉しかった。再会出来た事、何よりも彼が自分を赦すととっても間違いではない言葉を口にした事・・・
返事を待つレイムバルツ・・・上手く言葉に出来ないアークエイト・・・
・・・・・・
暫くの沈黙の後、レイムバルツが飽きれたように言う。
「お前・・・悪魔として大事なモノが欠如してるな・・・。始祖としての自尊心(プライド)、悪魔の生きる目的・・・俺を殺した時のお前は何処いった?」
(・・・・・・)
「それでもだんまりかよ・・・俺より悪魔らしくねえな(笑)」
ペットボトルを口に運ぶ。空になるとそれを海に向かって放り投げた。
―――私は・・・
レイムバルツはアークエイトに視線を戻す。
「私は・・・お前に何をしたらいい・・・?」
「お前・・・俺の話聞いてなかったのかよ・・・」
「お前にはどう思われてもいい、それでも私はお前に償いをしたい・・・」
(・・・・・・)
レイムバルツは腕を組んで考える。アークエイトは自分を殺した事を後悔しているようだ。
(どうしてくれようか・・・)
アークエイトの足元から視線を上げていき(舐める様に)身体を見る。色々な事が頭を駆け巡るが、馬鹿らしくなって彼は考えるのを止めた。
「ああ、めんどくせえ悪魔だな・・・・・・何でもいいから、これだけ約束してくれ。『俺の話を黙って聞く』、『ここで聞いた事は絶対誰にも話さない』・・・ もし、俺の事を知ってる天使に会っても、だ。約束出来るか?」
「・・・・・・ああ」
「じゃあ、これがお前から俺への償いだ。これで過去の事はお互い忘れよう」
レイムバルツは右手を差し出した。アークエイトは意味が解らず、視線を上げる。
「誓いの握手」
レイムバルツは言った。
アークエイトは躊躇する。その手を握れば彼も話を続ける。しかし、彼がこれから話す事、他言を禁ずる程の事を受け入れる勇気が無い。 それ程の事をかつての敵に話そうとするレイムバルツ。
彼の目を見る。瞳が動く。
アークエイトは恐る恐る手を出す。
(・・・・・・)
レイムバルツの手を取る。彼は軽く揺らしてから、手を解く。
「じゃ、・・・話すか」
とは言え、彼女、アークエイトが自らの意志かどうかわからないが、自分を訪ねてくるとは予想していなかった。だが、彼女の心情には後悔があり、敵意は無かった。
一つ問題が消えた。
「どこから聞きたい?」
レイムバルツの問いに、
「最初から」
と、アークエイトは返す。
「最初、か・・・。じゃあ、『羅針盤』のところから・・・」
「・・・」
「一番俺に訊きたかった事だろ?」
訊き返したレイムバルツの瞳が動く。まるで心の内を読んでいるかの如く・・・
「あの後・・・何が起きたんだ?」
アークエイトは単刀直入に訊いた。
「すごい事が起きた。予想を遥かに上回る事が・・・お前にやられた瞬間、あれが起動して、・・・世界の仕組みと言うか、この宇宙を構成する全ての情報が俺の中に入ってきたと言うか・・・そのすぐ後にやってきた黒い波動で、時間が止まった後も意識だけはあった。だから思った。『親父の言った事は本当だった』と」
―――待て
早くも約束を破る。アークエイトが話を止めさせた。
「父親?」
「何だ?親がいて当然だろ?珍しいか?・・・あー、そっか、始祖様は虚無から生まれた存在だから羨ましいのか(笑)」
皮肉を言っても無感情なアークエイトには解らず、
「誰なんだ?」
と、かわされた。
「レシュラント、ずーっと昔にビュージェエイファを殺した天使だ」
(・・・・・・)
アークエイトは先程訪ねてきた悪魔が天使レシュラントの名を出した事を思い出した。
親子だったから、時間を止める魔法を教わる事が出来たのか・・・
彼女は納得し、口を開く。
「そのビュージェエイファが生き返り、人間界を侵略しようとしている。未確認だが、時を止める魔法を習得したようだ」
「それは大事(おおごと)だな」
無感情な口調、所謂棒読みで返したレイムバルツ。しかし、心では(『計画』通りだな・・・)と。
嬉しくなったレイムバルツ。
「じゃあ、その情報の御礼として、お前にいい事を教えよう」
「?」
「ビュージェエイファはな・・・」
少し回りを気にするように周囲を見渡し、アークエイトに近付く。そして耳元で囁く・・・
・・・・・・
(・・・!)
アークエイトはレイムバルツの言葉に驚き、彼を見る。
「驚いたろ?まあ、察しはしていたと思うが・・・」
―――だから、レイムバルツは・・・
「話が反れたな・・・。で、それから、だ。時間が止まった世界の中で、落ちていく首飾りを取ろうと手を伸ばしたままの格好で、時間が動きだすのを待った・・・。どのくらい経ったかわからないが、 妙な感覚に包まれた・・・。誰かの手に包まれるような・・・」
(誰か・・・?)
自分の中に入ってきた気配が思い浮かぶ。レイムバルツはそれと結託し、何かをしようとしている・・・?
「それから、その『手の元』、この世よりも高次元の世界で生きた」
アークエイトはその先が知りたかった。その境地はどんなものだったのか・・・?
「・・・・・・」
上の地の文をレイムバルツに言った。レイムバルツは少し困った様な表情をする。
「『期待外れ』だった・・・・が、俺のその世界に対する正直な気持ちかな?でも、俺をこの『世界』から掬い上げた『人達』は別だ。彼等には感謝している。彼等が居なかったら・・・ いや、彼等だったからこそ俺を自分達の世界に招き入れてくれたのだろう。そして、その世界で生き、この『世界』の仕組みを知り、『この世界の真の姿』を見る事が出来た・・・」
レイムバルツはここで一区切りいれる。
「・・・巧く言えないな(笑)・・・この話は後でしっかり話す」
「『この世界の真の姿』?・・・どんなものだった?」
レイムバルツはまだ言うべきではないと考えていた。しかしアークエイトはお構いなしに訊いた。
「じゃあ・・・ヒントを。いずれ話すから、その時まで気長に色々と空想しててくれ(笑)」
「わかった」
アークエイトは素直に返事をした。
「お前、何でこの世に天使と悪魔、光と闇、所謂相反するものが存在するのか・・・考えた事あるか?」
「ない」
「それが第一のヒント。ま、俺の存在自体がヒントか・・・」
アークエイトは考える。自分は悪魔の始祖、眷属の死を幾度となく見、どんな悪魔よりも長く生き、目の前の若い天使よりも遥かに世界を知っているつもりだった。 その殺したはずの若造にそんな事を訊かれるとは・・・だからこそ興味が湧く。彼が何を見、何を聞き、何を感じ、何を知ったのか・・・
「第二のヒント。何故、この世界には魔法なんてモノが存在するのか。何故、過去に死んでいった天使や悪魔が生き返れたのか。何故、『時間を止める』なんて事が可能なのか・・・」
(・・・・・・)
「俺達、天使や悪魔の視点からみれば至極当然の事だが、第三者から観れば疑問を抱く。しかも、今や人間共も簡単なモノだが魔法が使えるようになっている」
「お前は高次元の世界で答えを見つけてきたのか?」
「ああ・・・でも俺だけじゃない。最初にこの世に対して疑問を抱くきっかけをくれた親父。そして、推測を確信へと変えた『羅針盤』、更に、時の止まった世界から俺を掬い上げ、この次元からみれば神の領域といえる次元に導いてくれた『彼等』の御陰だ」
「だが・・・『期待外れ』と言ったな。何が不満で、この世界に戻ったのだ?」
訊き、アークエイトは腕を組む。
―――戻った理由・・・か
レイムバルツは言い、アークエイトの眼を見る。
「嫌になって戻ったワケじゃないぞ(笑)『彼等』も俺に最大限の助力と援助を約束し、俺を戻してくれた」
レイムバルツは焦らす。
「この世界を『再構築』するためだ」
「再・・・構築?天使と悪魔を蘇らせて天界、魔界を創る気か?」
―――クククッ
レイムバルツは苦笑し、言う。
「俺は何処かの馬鹿な悪魔と違って、神になりたいとは思わない。ただ、何処の世界でも色々と問題は絶えない。『彼等』の世界でも、人は人に、民族は民族に、国は国に敵対し、争っている。それ以外にも自然や人的原因の驚異などなど・・・。 だから『俺達』はこの世界を『再構築』し、生命の新時代を築く。その為には心から信頼出来る天使、この世で最も寿考なる者、そして無知なる悪魔と感情だけの生物、人間が必要となった」
レイムバルツは自分から手の内を曝け出した。更に他の悪魔より優遇されているようであり、アークエイトは安心する。
策画する天使は口を閉ざした。アークエイトは続きを聞きたかったが止めた。彼の思惑を知り、自分への気持ちを知れただけで十分と解釈した。
二人きり、無言の状態が暫く続く。
アークエイトは口を開く。
「レシュラント、は・・・どんな天使だ・・・?」
「どんな、って?」
突然の質問に面を食らう。
「気になる・・・ビュージェエイファを殺し、お前のような特異体をこの世に生み出した天使だ。やはり、力を渇望する者か?」
「だった、らしい。親父は昔の事を俺にもお袋にもあまり話さなかったからな」
レイムバルツは答えると、少し悲しそうな目をする。
(・・・だった?)
受け止め方に迷うアークエイト。心情の変化?それとも、もうこの世にはいない・・・?
昔を思い出させるのは酷と思い、アークエイトは黙る。もう一つ、両親の出会いが気になったが、訊く気になれない。
「今、俺が話せる事はここまでだ」
レイムバルツはスクラップから降り、近くにある錆び付いた鉄製の四角柱の前に立つ。
「何か飲むか?」
ポケットを探りながらアークエイトに訊いた。
「いらない」
「あ、そ」
返事に答え、取り出した小銭を入れる・・・が、反応しない。二度三度叩いたり、つまみを捻る。それでも反応はない。
「壊れた」
もうここにいる意味はないだろう・・・
「私はもう行く」
「ああ」
レイムバルツは四角柱を揺する。
とは言え、アークエイトはこの世界からの脱出方法を知らない。彼が唯一の頼りなのだ。
レイムバルツはまだ居るアークエイトを見、「あ」と、何か思い出したように言う。
「出口か?そこの通りをずっと真っ直ぐ」
レイムバルツは今し方アークエイトが歩いてきた通りを指差す。どうやら逆方向に来たようだ。
「ずっと行くとトンネルがある、その先だ」
「とんねる?」
「とにかくその道を真っ直ぐ、東へ歩いていけば出れる」
(・・・・・・)
「じゃあ、またな」
「・・・ああ」
レイムバルツと別れ、歩いてきた道へと向かう。
振り返ると、彼は四角柱を相手にしている。
視線を前に戻し、歩く。
アークエイトは微笑する。彼に会えて嬉しかった。
彼の自分に対する本音、目的、正体・・・
少し、彼に近づけた様な・・・
そんな彼女は正面からやって来る者に気付かない。いや、気付く訳が無い。
その者は、向かってくる女はレイムバルツと会ってきたのだろう、と、察する。かつて殺し合いをした相手に会って、笑っている。
やはり、心有る者の思考は理解出来ない。
立ち止まり、通り過ぎていこうとする女を観察する。
(・・・・・・)
暫く女の後姿を見ていた。
海岸にでると、レイムバルツは錆びついた自動販売機を蹴っていたが、気配に気付くと口を開く。
「お、いーとこ来た、『ポカリスエット』一本出してくれよ」
(・・・・・・)
ガタン、という音。レイムバルツは取り出し口からペットボトルを取り出す。ペットボトルの中身は飲料として体内に取り込める、透き通った液体が入っている。
「サンクス」
レイムバルツは礼を言い、一気に喉に流し込む。脈打つ喉・・・肉体が反応を示す。
「ふー」
手の甲で口元を拭う。
「いいのか?」
「何が?」
何のことか解らずレイムバルツは返した。
「あの女に随分と手の内を明かしたようだが」
「大丈夫、あいつは他の馬鹿な悪魔共とは違う。さっきのは事故、だ。わかってる、何となく俺がいることを」
「かつての敵だというのに何故そんなことが言える?」
喉を潤し、レイムバルツは言う。
「いいか?お前には解らないかもしれないが、この世の生き物にも心はある。考えて行動をしている。 その時、その場所、何をすべきか・・・果たしてそれが最善か・・・。あの時、あいつが俺を討った事は、考え、この世にとって最善と判断したからだ。 俺も俺で『羅針盤』しか見えていなかった。お互い自分が正しいと信念で動いていた。その結果が、あいつは勝ち、俺はこの世で死んだ・・・という事だ」
「では、汝は『悔しい』とは思わないのか?」
「思わない。まさか『羅針盤』の起動が己の命とは予想も出来なかった。感情の有る個体が一番手放したくないモノを要求するんだもんな、ホント酷い奴だ、お前は(笑)」
(・・・・・・)
「逆に質問していいか?」
「?」
「何で、あいつを助けた?俺は『作り手』に、もしもの時の口封じを約束したきた。なのにお前が邪魔をした。何でだ?」
レイムバルツは眼という感覚器官では認識出来ない相手に問い掛けた。傍から観れば大きな独り言。しかし、その独り言は相手を沈黙させ、考えさせる。
(・・・・・・)
相手は記憶を遡り、回答を導き出す。
アークエイトに興味がある。レイムバルツは何故、自分を殺した相手を選んだのか・・・?
「やっぱりな」
レイムバルツは小さく頷き、言う。
「お前は自分が思っている程、無感情じゃないんだよ」
(・・・・・・)
「『システム』として機能してもらわなくては困るが、生命の事を知り、関心を持つ必要がある。 『計画』が続いていくかぎり、心と接していくことになる。俺と仲間、そしてアークエイト・・・ はたまた人間・・・。合理的、機械的に世界を動かしてもいい・・・が、常にそこに心があるという事を 理解してもらいたい。
今回、第一段階というか・・・あいつを『コマンド』から守った。 お前には只の『処理された結果』かもしれないが『作り手』は驚いてるだろう(笑)命令に背いたからな。 でも、思考を推し進め、行動に表したことは評価すると思うぞ」
相手は黙り、レイムバルツの話を聞き続ける。
「俺もその方がいい。これから長い付き合いだ。互いを信頼する・・・時に相手に意見する、 指摘する事も大事だ。そして互いの精神は近付き、より一つの存在へと・・・
血も涙も心も肉体も無い堅物かと思ったが、そうでもないんだな・・・」
相手は黙って聞いていた。
―――そんなことより
レイムバルツは既に空になったペットボトルを放り投げる。
「あいつを窮地から救ってくれて、ありがとな」
飲料を手にした時よりも丁寧な礼を言い、続ける。
「今回の事はここまでにしよう。大丈夫、あいつなら・・・」
太陽は半分程水平線に隠れ東の空に深い藍色が。
「・・・アークエイトが言ったことは本当だ」
「何が?」
「ターゲットの悪魔は時を止める魔法を習得した。まだ不完全だが」
「あー、あー、問題は無い。向こうはこっちを知らない。こっちはオリジナルだ。 人間共の創ったコピーなんかに負けるかよ(笑)・・・それにお前がいるんだ。俺一人で戦いたいが、 もしもの時はよろしく頼むぜ、相棒(笑)」
またまた悪魔のような笑みをみせるレイムバルツ。そして訊く。
「人間共の方はどうなってる?」
「東に向かっている」
「よしよし」
「いいガイドが同行したようだ」
「『計画』通り、順調だ。ホント、単純で無知なところは悪魔も人間も一緒だな(笑)」
「天使が接触した、首飾りの所持者と」
「誰?」
「個体名はロミスナーレ。その際、悪魔と交戦した」
「・・・あいつ、余計なこと喋ったか?」
「何も。ただ、首飾りの所持者に汝の存在を」
「・・・まあいいや、今の看視レベルで続けてくれ」
「了解」
「それじゃ、肉体の復活に期待するか」
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