東へ・・・W
「・・・とりあえず、あいつに『現実』に戻る道を教えた。・・・次に会う時は、向こうで」
「・・・・・・」
「まだ何かあるのか?」
「何故、そこまでする?懐疑の念は無いのか?」
「さっき言っただろ?もう敵対する理由はないんだ」
「本当にそれだけの理由か?」
「ったく・・・変なトコしつこいなあ、お前」
「・・・・・・」
「口に出したくない事もあるんだよ。さっきも言ったが、もしもの時は俺が相手をする。お前の手は煩わせない。
俺が肉体を取り戻すまでは黙っててくれ」
「・・・・・・」
...............1
レイムバルツに言われた通り、彼女は東へと続く道を歩く。日光は完全に消え失せ、世界は闇に包まれていた。
闇の中でも視界はそこそこ、うっすらと見えるぐらい。瓦礫、人工物だったモノが僅かな光を放っている御陰である。
正面に、黒い穴が見えてくる。中は完全な闇である。
(・・・・・・)
レイムバルツは「とにかく東へ、真っ直ぐ」と言った。これが『トンネル』というモノなのか・・・?
一歩、踏み込む。空気は止まっている。
(・・・・・・)
少し、不安。彼女の紅い瞳は闇の奥を照らすが、何も見えない。
先にあるのは深淵・・・?
―――とにかく東へ、真っ直ぐ
彼の言葉を思い返す。
彼を信じ、完全なる闇へと踏み込んでいった。
左手を壁にあて、足元に注意を払い、彼女は進んでいく。
かなり進んだ。振り返ると入り口も見えない程・・・
とりあえず、左手の御陰で真っ直ぐ進んでいることが判る。
前に視線を戻す。相変わらず出口は見えてこない。
―――ブッ殺してやる
肩口から血を撒き散らしながら旋回し、向かってくる彼・・・
アークエイトもそれに応え、魔力による爆発的な加速で彼に向かう。
高密度の魔力の塊二つは擦れ違う瞬間に魔法を射ち合う。
ヘッドオン―――致命と必殺の駆け引き
ああ、これほどの使い手がまだ居たのか・・・
彼と向かい合う度に感覚が研ぎ澄まされ、心臓は高鳴り、血は沸き、肉は躍る・・・
そして、心は・・・
相反する意志に殺意を撒き散らしながら戦う彼こそ、己の信念を貫き通す正義の姿、悪魔の本質そのものではないか。
そんな彼を殺した・・・
舞い散る白い羽、地平線を奔る黒い波、輝きだした『羅針盤』、落ちる首飾り、腕を伸ばす彼・・・
当事者として過去を振り返り、根拠の無い己の愚かな意志が一人の命を消した事、その者が自分を赦した事が重なり、悲しくなってきた。
自分よりも悪魔らしい彼・・・
愚者を赦す神のような彼・・・
・・・すまない・・・レイムバルツ
何時の間にか涙が頬を伝っていた。手の甲で拭き取る。
最後に涙を流したのは何時だったか・・・
手の甲の涙が光る。「え?」という表情をするのも一瞬、遥か遠く前方に小さな光が。
闇の途も終わりがみえてきたか・・・
ところが、光は徐徐に大きくなっていく。どうやら、光自体がこちらに向かってきているようだ。
視界が完全なる黒から完全なる白に変わったところで手を翳す。
目を開けていられない。
光はアークエイトを飲み込んだ。アークエイトは目を閉じたまま、考える。
私に何を考えさせたい・・・?何をさせたい・・・?
・・・レイムバルツ
...............0
アークエイトは瞼越しに光が徐徐に薄れていく様を認識した。
また闇に包まれるのか・・・
ゆっくりと目を開ける。目前には黒雲があった。
どうやら現実に戻れたようだ。ホッとする。でも、レイムバルツと交わした握手・・・彼の温もりが右手にはあった。
夢と現実の狭間の出来事・・・不思議な再会・・・
身体を起こす際、額から白いハンカチが落ちたが気付かない。
意識がなくなり倒れたのか・・・
周囲を見回す。訪ねてきた悪魔は居なかったが、別の人物がこちらに背を向けていた。しゃがみ込み、手を動かしているようだ。それに合わせ、結われた金色の髪の先端が弾む。
全くもって隙だらけ。
アークエイトは立ち、少し近付く。
(・・・・・・)
気配から目の前の人物は相反する存在のようだ。でも、以前会った気配でもある。
「お前は・・・」
声を掛けられた人物は振り返る。
「あ!」
相手は立ち、こちらに向き直る。対し、アークエイトは身構える。
「ま、待ってください!」
相手―――金髪に童顔、白い服を纏った・・・天使は両手で制止を訴える。右手には草の編物を持っていた。
「私、貴女に会いたくてっ、伝えたい事とか、その・・・!」
天使・・・女は命乞いをした。レイムバルツですら敵わなかった悪魔・・・そんなのに対する戦意と敵意は無い。
少し前までは悪魔に対する憎しみはあった・・・が、ロミスナーレの知らせが払拭させた。
(・・・・・・)
想いが伝わったのか、心を読んだのか、アークエイトは構えを解く。そして訊く。
「どうやってここに?」
何故天使が魔界にいるのか・・・?レイムバルツと戦った時も思ったが、今こうして訊く事が出来た。
「来たいと思ったから来ました。貴女に会いたいと思ったから会いに来ました。誰にも見つからないようにと思ったから誰にも見つかりませんでした」
はぐらかされたような返答だ。怪訝な表情をすると天使は視線を落とし、考え、顔を上げ、口を開く。
「えーと・・・ご存知かもしれないですけど・・・人間界と繋がっているんです。だから・・・」
言葉を切る天使。
先程訪ねてきた悪魔もそんな事を・・・
アークエイトは天使の目を見つめる。天使は耐えられなくなったのか目を背ける。
「お前達・・・どこか普通の天使とは違う・・・」
その言葉に天使は目を合わせてきた。
「・・・会った事あるんですか?・・・天界の天使に・・・?」
「ないのか、お前は?」
「はい、天界に行った事もないです・・・」
「何者なんだ、お前達は?」
「『私達』は天界から脱却した天使達の子なんです」
「堕天とは違うのか?」
皮肉な問いに天使は、
「違います!」
と、やや強い口調で否定する。
過去に何かあったようだ。親達・・・レイムバルツの父、レシュラントもその一人ということか・・・
―――お前にいい事を教えよう
レイムバルツが打ち明けた事を思い出す。
「あの・・・」
天使の言葉で我に返る。
「レイムバルツには会いましたか?」
「いや・・・」
首も振りながら返すアークエイト。
「そうですか・・・」
天使は落胆し、肩を落とす。
(これでいいのか?・・・レイムバルツ・・・)
何故、彼は同族、一緒に過ごしてきた者の前に現れ、経過を説明しないのか?何故、自分を選んだのか?
彼等と自分の違い・・・
アークエイトにはわからない。
(ならば、訊いてみるか・・・)
アークエイトは口を開く。
「何故、私を訪ねた?」
「貴女ならば、世界の現状について何か掴んでいるのでは?・・・と、思ったからです」
「何かとは何だ?」
あえて蒲魚(かまとと)ぶる。この天使は何を掴んでいるのか訊きだす。そうゆうところは悪魔らしく。
「先日、知り合いの天使の人に再会できました。彼も私も『あの時』から数日前までの記憶が無いんです。眠っていたのか・・・死んでいたのか・・・。
そして、レイムバルツの首飾りを持った人間が居た、と教えてくれました。何故なのかわからないですけど・・・。
それで、『あの時』、何が起きたのか知りたくて貴女に・・・レイムバルツを間近で見ていた貴女に・・・」
「実は私もよくわからない。おそらく、お前達と同じで、ずーっと眠っていたと思う。私に会いに来た悪魔も同じような事を言っていた」
「貴女でも?」
「ああ」
天使は少し考える。
「レイムバルツじゃないのか?」
アークエイトは訊いた。
―――でも・・・
天使はアークエイトの目を見上げる。
「でも、レイムバルツでも、天使と悪魔、貴女のような崇高な存在をも蘇らせる程の力、魔力は持ってないです。
貴女、じゃないのですか?」
「嘘はついていない」
「でしたら・・・」
「・・・?」
「まだ、誰かが関与している気がします」
「誰か?」
「はい。レイムバルツ以上の何か、天使や悪魔を蘇らせる程の力を持った者が」
アークエイトは思考する。
(レイムバルツとは別の何か、か・・・)
自分の中に入ってきた何かの事だろう。それと、複数の気配・・・ビュージェエイファ達と接触した際に
感じた視線のようなモノ・・・
それ、それらが彼の味方なのだろうか・・・
―――『再構築』とはどういう意味なんだ・・・?
「あ、太陽・・・」
天使が東の空を見て言う。アークエイトも続き、視線を向ける。
(一夜・・・眠っていたのか)
悪魔が訪ね、身体が痛み、意識の喪失、二つの再会・・・
時間の経過がもの凄く遅く感じた。
「私、そろそろ行かないと・・・」
天使の言葉に、
「力になれなくてすまない」
と、返す。
「いいえ、会えて嬉しいです。あの、手、出してもらえませんか?」
「?」
アークエイトが手を出すと、天使は草で編んだ腕輪を付ける。
「つまらないものですけど受け取ってください。嫌だったら取ってもらって結構です」
付けられた腕輪をまじまじと見つめる。天使は傍らに落ちたハンカチを拾い上げ、絞る。
「お前・・・真水を創れるのか?」
「はい、魔法は父が、草の編物は母が教えてくれました」
(・・・・・・)
天使は眠っている間、看ていた。草原の中に倒れたアークエイトを見つけ、冷たい水で浸したハンカチを額に載せ、目覚めるまで草を編んで・・・
本当に不思議な天使達だ。アークエイトは思った。
お前達は本当は悪魔じゃないのか?天使の皮を被った・・・
天使の背中に白い翼が現れる。アークエイトの目には、それを日光が透かし光らせて映る。
「あの・・・人間界は東にある空間の歪みから行くことが出来ます」
「・・・覚えておく」
「・・・それじゃ、これで失礼します」
天使は頭を下げ、東の空へ飛んでいった。