東へ・・・X
天国はとてもいいところらしい
だって、かえってきた人がいないのだから
――――――不明
エクルス・ティークは口を半開きにして突っ立っていた。手には朝食を持って。
テトラミーラ城一階、大食堂。
王の近衛隊隊長の間抜け面・・・周囲の者達は彼に気付かれない様に小さく笑う。
彼は目の前の人物に意識を奪われていた。
目の前の人物は顔を上げると、息子の、まるで飯を食い損ねたかの様な間抜け面に小さく笑い、手を振る。
「何やってんだよ・・・」
我に返った息子、エクルスはパンやスープ等が載ったトレイを置き母親の正面に座る。
「見ればわかるでしょ?朝食よ」
「そうじゃなくて、何でここに居るんだよ」
「召集されたのよ。あの、ほら、何だっけ?禿げた大臣・・・」
「・・・?・・・ゼノスか?」
「そうそう、それが昨日の夜来たのよ、戦力増強の為の武具作りの要請で」
右手に持ったスプーンを挙げ、
「『ティーク先生、悪魔共に勝つには貴女のような妖花なる名工の腕が必要です!』と頼まれちゃ、そこは断れないでしょ」
と、付け加えた。
イクルスは笑う。野菜のスープを一口、スプーンで口に入れる。僅かな香辛料を含んだスープは胃にいきわたり、内臓を温める。
「リュアは、行った?」
「ええ・・・」
「そうか・・・、ルベクトはどうした?」
「親御さんの所に帰るように勧めたけどね・・・」
スープの残りを口に入れると母、ユリエヌは訊く。
「あと5日だけど・・・何か進展は?」
「何もないよ。西の諸国で悪魔の出所(でどころ)を探ってるらしいけど何も・・・。
あと5日だけど、何ができる?」
逆に訊き返され、「え?」と、ユリエヌは顔を向ける。
「あと5日で、何人分の武具が作れそう?」
ユリエヌは手を止め、考える。
エクルスは周囲に目を向ける。皆、不安そうな顔をしている。
「せいぜい・・・数十人かな?」
「・・・・・・」
「どう考えたって時間がなさすぎ。それに・・・」
母が顔を近づけてきた。
「まともに戦える勇気がある人なんて、居ないでしょ」
他人の耳に入ったら大変拙い会話である。
ユリエヌは鼻で笑い、身体を戻す。
「今皆が欲しいのは武具じゃなくて、世界を救ってくれる英雄でしょ」
「まあ、ね・・・」
二人の本音。
「・・・リュアの話しかアテになりそうもないな」
「その話だって本当だとしても世界を救えるものか定かじゃないみたいだし」
「知り合いの人の話とか言ってたな」
「命の恩人て人」
「あの時の・・・」
御馳走様―――ユリエヌはトレイを持ち、立ち上がる。
「私は行きますか。・・・地下の工房に籠ってるから、何かあったら、よろしく」
「わかった」
「お互い、出来ることをやりましょう」
近衛隊隊長は母に肩を二度叩かれる。
テトラミーラから遥か東、人里離れた山奥。そんな僻地に一軒の小さな小屋があった。
まもなく雪に埋もれるせいか訪れる人は誰一人居ない。居座る者達はそこに目を着け、住み着いた。
一人、小屋から出てきた。リボンを持った手で目を擦り、綺麗な金色の髪をリボンで束ねる。
彼は寝床が気に食わなかった。寒さを凌ぐモノが枯れた干し草しかなく、それが白い服や髪に絡まり、嫌だった。
(スーはまだか・・・)
妹がまだ戻っていない。街への買出しで何かあったのだろうか。
(相変わらず、ロミスナーレはお寝坊さんだな・・・)
小屋の屋根に飛び上り、魔法で手元に火を起こす。
次第に天使の気配が近づいてくる。
空に人
妹だ。手には朝の買出しの袋。彼女は兄の近く、小屋の屋根に降りる。
「おはよう、兄さん」
「おはよう、買出しありがとう。何かあったんじゃないかと思ったよ」
「ううん、大丈夫。まだお金もあるし」
天使の兄妹は小屋に入る。
天使とはいえ、彼らも生き物。食べなきゃ力はでないし、寒いものだって寒い。
三人の天使達は食と住で困った。住の問題は前述の通り解決は一応出来たが、
食に悩んだ。山の食糧は時期も相まって入手困難な上、見たこともない植物を口にする勇気は無いし、動物を捕って食うのも嫌だった。
それよりも動物を見かけない。
彼らは人間界の動物の習性、冬眠を知らなかった。
結局、三人で考えた結果、やむを得ず、窃盗やスリをし、金を集めた。
この考えを提案したのはロミスナーレだった。
「天使や悪魔と違って、すっトロいし、弱いし、空も飛べねえ」
兄妹、クエイルとスエーテは疑った。
「じゃあ、金は俺が集める。お前らが食糧何とかしろよ」
他にいい案が思い浮かばず、兄妹は渋々賛同した。
「ロミスナーレ、スーが戻ってきたぞ」
クエイルはロミスナーレを揺する。
「んー・・・」
ロミスナーレは起きる。
「おはよう!」
「ん、おはようさん」
スエーテの挨拶に答える。
ロミスナーレはボーっとした眼で袋から買ってきたパンとミルクを出すスエーテを見る。顔見て、胸見て、顔見て・・・
「眼、赤いぞ?」
「え?」
スエーテは顔を上げる。
「眼が赤い、アイツみたいに(笑)。よく寝れなかったのか?」
「ちょっとね・・・」
スエーテは誤魔化した。兄とロミスナーレが寝た後、魔界へ、アークエイトに会いに行った。それから人間界に戻り、買い物をして、今帰ってきたのだ。
二人に心配をかけたくなかった。言えば反対されただろうし、教える必要もない。
無事に戻ってこれてよかった・・・それでいい・・・
「二人とも、顔洗った?」
「あ・・・」と、ロミスナーレ。
「まだ」と、クエイル。
「私が朝御飯用意してあげるから、顔洗ってきて」
男の天使二人は、スエーテの魔法によって創られた水の入ったバケツを外に持ち出し、顔を洗う。
「しっかし人間界って何でこんな寒いんだ?」
ロミスナーレは白い息とともに不満も吐き出した。
「今は冬って時期だからな」
「冬?」
「半年の周期で暑くなったり寒くなったり・・・」
「ふーん・・・でも、こんだけ寒いんならまだ魔界の方が天国だな(笑)」
「そうだな(笑)」
食事をする天使達。
ロミスナーレは思わず言う。
「何か・・・肉食いたいな、肉」
「ロミスナーレ、せっかくスーが買ってきてくれたんだ、文句言うな」
スエーテは兄を見て、首を振る。それから、ロミスナーレを見、言う。
「ゴメンね・・・でも聞いた話だと、悪魔の件で物流が止まっちゃってるみたいなの・・・」
「そっか・・・悪い」
ロミスナーレは軽く手を挙げる。謝った。
「でも、人間の食べてるパン、魔界のものより美味しくないか?」
クエイルが二人に訊いた。
「だよねー」と、スエーテ。
「材料の質がいいのか?」と、ロミスナーレ。
「かもしれないな」
クエイルは言った。
朝食を終えると思い思いの時間を過ごす三人。
横になっていたロミスナーレは飛び起き、にやけながら瞑想中なクエイルに言う。
「なあ、酒飲みたくねえか?」
「酒?」
「しかも身体が温まるぐらい強いヤツ」
「いいねえ」
クエイルもにやける。
「じゃあ、出掛けてくる」
「金持ってないだろ?」
手持ちを持たせようとすると、ロミスナーレは、
「いい、いい、盗んでくるから、ついでに金も(笑)、じゃ、ちょっと行ってくる」
「気を付けろよ」
「気を付けてね」
兄妹に軽く手を挙げ、ロミスナーレは出ていった。
「私、ちょっと寝るね」
スエーテが言うと、
「じゃあ、一緒に寝よう、そのほうが暖かい」
「うん・・・」
己の翼で相手を包むようにして、兄妹は干し草の上に寝転がる。
「ん・・・」
兄に抱かれ、ホッっとするスエーテ。無事に帰ってこれ、兄の温もりにふれ、思わず声がでる。
クエイルは・・・妹の身体を弄る。
「ねえ・・・」
兄の顔を見上げスエーテは言った。
「え?」
「そんなことされちゃ寝れないよぅ・・・」
「ゴメン」
お詫びのつもりか頭にキスをする。
彼、クエイルはシスコンであった。しかも重度の。
スエーテの言葉で弄る事は止めたが、左手はしっかり尻を触っていた。
嗚呼、止めた、確かに肉体は脳からの信号により行為を止めた。だがどうだ?
妹とここまで接近したのはどのくらい昔のことか・・・。しかも今は二人きり。
二人の心臓の鼓動が同調する。
―――別にいいだろう
何が?
・・・四人、レイムバルツも居た、魔界での生活・・・
妹が、毎日一緒に風呂に入り身体を洗い合っている事を、ロミスナーレとレイムバルツに
バラしてしまった。
二人は互いを見合った。彼等は一人っ子だし、まだそーゆーことに乏しかったのだろう。
レイムバルツの一言目は、
「お前の兄ちゃんは変態だな(笑)」
言った後の、蔑むような眼が胸を抉るようだった。
対し、ロミスナーレは女体に興味を持ったのか、
「スエーテの胸は柔らかいか?」とか、妹の身体の質問をしてくるようになった。
兄として、これは嫌だ。しかもシスコンなので猶のこと嫌だった。妹への視線がそーゆー様にとってしまう。
終いには、女性の体の造りまで訊いてくるようになった。
「だったら、恋人でもつくってお風呂やベットの上で学習したら?」
と、言ったら、
「あー、そうだな、その方が解りやすい」
と、ロミスナーレは言い、それ以後そーゆー質問はしなくなった。
それなのに、先に恋人が出来たのはレイムバルツだった。
ロミスナーレは今だ女性と付き合った事が無い。
「ねえ・・・」
「ん?」
兄の声が聞こえたような気がして、眼を開け、顔を上げるスエーテ。
「誰かに会ってきたの?」
ドキ
「え?」
スエーテは惚けた。驚きを隠す為に口が発したのかもしれない。
「こーれ」
妹の顔の前に緑色の草の葉を差し出す。
「人間界は冬になると草は枯れるからね」
(・・・・・・)
「しかもこれは、魔界に生えてる草だ」
(バレちゃった・・・)
「お尻についてたよ」
(・・・・・・)
スエーテは観念する。
「誰に会ってきたの?」
(・・・・・・)
「ま、帰って来た時の様子だと、レイムバルツじゃないみたいだね」
(・・・・・・)
「もしかしたら・・・『赤い悪魔』とか?」
当たり
スエーテは小さく頷いた。
「そっか・・・」
クエイルはスエーテの背中を軽く叩く。
「・・・怒った?」
「んーん。無事に戻ってきてくれたから。だから・・・こんな事は二度としないで」
「ゴメン」
クエイルは正直驚いた。たった一人で、レイムバルツを殺した相手に会いに行ったのか・・・。
「それで・・・どうしたの?まさか、仇討ち?」
「違うよ、世界の現状を知りたくて、訪ねたの」
「向こうは『言葉』で応えてくれた?」
「うん・・・『魔法』で応える事はなかったよ・・・」
(・・・・・・)
アークエイトに対する考えが変わる。レイムバルツを殺した事実は変わらないが、彼女は争う事はあまり好きではないのかも。
あの時、レイムバルツが引いていれば最悪の事態には至らなかっただろうと思ってはいた。
アークエイトは幾度も勧告をしたがレイムバルツは受け入れなかった。
レイムバルツの方が遥かに好戦的だったか。
変な悪魔だ・・・始祖という悪魔は変わり者なのだろうか・・・?
「何か教えてくれた?」
「私達とかわらなかった」
「そっか・・・じゃあ、あとはレイムバルツに訊くしかないな・・・」
「ロミスナーレの話?」
「・・・何で人間界にあるのかな?レイムバルツの首飾り・・・何か人間にして貰いたいことがあるのかな・・・?」
「して貰いたいこと?」
「多分、死んだという事実は変わらないでしょ。僕とスー、ロミスナーレの目の前でやられたんだから」
(・・・・・・)
「だから、レイムバルツが一番して貰いたそうなことといえば・・・」
「自分の蘇生?」
「だろうねえ」
「だったら、人間よりも天使や悪魔の方が魔力や霊力がずーっと高いのに・・・」
「何か理由があるんだ・・・僕達天使ではない、人間である理由が」
(・・・・・・)
「まあ、いいや・・・考えてもレイムバルツの考えてる事はよく分からないし・・・寝よう」
「うん・・・」
ロミスナーレが戻ってくればまた五月蠅くなるだろう。寝れるうちに寝よう。天使の兄妹は互いを暖め合い眼を閉じる。