きっかけ―T
11月にもなると、気温は下がり、冬が近づいている事がよくわかる。
ベットで眠る者が寝返りをうつと毛布から足がでた。足が『寒い』という信号を脳に伝えず、無意識のうちに毛布の中に入る。その影響か脳が目覚めへと向かいだした。母の声が僅かだが聞こえる。
フィーラ・ガルシュツァットは毛布から顔を出した。まだカーテンのむこうは暗い。壁の振り子時計を見る。午前7時。起きなければ
いけない時刻だ。
部屋の扉が開き、母が入ってきた。
「起きた?」
「あ、おはよう」
「おはよう」
母は笑顔で答える。
「急に冷え込んだから厚着してきなさい」
「うん、わかった」
フィーラは答え、ベットから起きた。
彼女は母と二人暮し、父は4年前に急死した。17歳の時だった。父はここ、テトラミーラ王国運営の王立魔法研究所に勤めていた為、
1年間は国家から生活保護費が支払われた。しかし、その後それは打ち切られ、フィーラは仕事に就かなくてはいけなくなった。
彼女は王立歴史研究所に勤め、約千年前に滅びたと言われる旧文明の研究を専門としている。
食卓の席で暖かいスープを口にすると母、エルマが口を開く。
「ねえ、東に行くのは春まで待てないの?」
母の問いにフィーラは苦い顔をした。
「本当はそうしたいけど、上の人達が五月蝿くて・・・」
「そう・・・、嫌ねえ、国のお偉いさん達は・・・」
エルマは仕事の話をすると必ず最後にこう締めくくる。
先月酒場に行った時、ある事を耳にした。
「遥か東に、魔力に満ちた土地があり、ある民族がその土地で生活している。彼等は唯一旧文明崩壊の真相を知っている」
東の方からやってきた冒険者が酒を飲んでいた者に話しているのを偶然聞いてしまった。
東に行って、それを確かめてみたい・・・。
それ以来旅の支度を少しずつ整え、今週末あたりには出発できるようになった。母は絶対一人で行かせないと言うだろうから、お供を
付ける事を条件とし、説得した。幼馴染みのイクスケリオン・ルーアヴァージュにこの旅の事を話すと嫌な顔をしたが、
フィーラが心配なのだろう、渋々ついて行く事を決心した様子だった。一つ心配なのは、最近急に冷え込んだ為、何時雪が降るかわからない事だ。
テトラミーラ王国首都、フリーエリヒト市。
約五百年程前に祖先達がこの土地に進出し、定住を始め、三百年前に国家となった。他国に比べれば若い国であるが、
経済力、軍事力は他国に匹敵するものである。その背景には腕の立つ鍛冶屋達がいた。彼等が作った武器、防具を国が買い取り、他国との貿易に
出し、更には顧客獲得を目指した為だった。三十年前までは他国同士の戦争が後を絶たず、軍事産業が右肩上がりだった。
その後他国同士での戦争は少なくなり軍事産業は衰退し始め、首脳陣達は次なる収入源を模索した。
魔力―――旧文明崩壊後、稀に生命、非生命に秘められた神秘の力・・・
国はすぐに、魔力のコントロールに長けた者、研究者、文献を各地から集めた。その中にフィーラの父もいた。
研究当初、生活を豊かにするモノを常に安定供給する方法に着手した。街灯、暖房機器、通信手段・・・。
旧文明で使用されたと言われるモノが少しずつ普及され、国民の生活は豊かになった。しかし、首脳陣達の間に軍事利用出来ないかという声が上がり、魔力を秘めた者達を更に集め、
研究資金も増した。その為、研究者、才能ある者にこれまで以上の重圧、業務時間を強要した。結果、嫌気が差した研究者は去り、
魔力を秘めた者達は心身共に負担を掛けられ急死する者もいた。やはりその中にフィーラの父もいた。
父の葬式の時、近所の小母さんに「あなたのお父さんは国に殺された」と言われた。フィーラは俯き、母は小さく頷いた。
だから母は仕事や王城での出来事をあまりフィーラに聞かなかった。もちろんフィーラも配慮し、必要以上の事は母に言わない様にしてきた。
母は心配していた。もしこの先、自分の娘も父と同じ運命を歩むことになるかもしれない、と。フィーラにも、父の血が流れているせいか、
僅かだが魔力を持っている。それ以前に、今回の旅の件も国の人間の指図のような気がしてならなかった。
「それじゃ、行ってきます」
出勤の準備を整え、台所の母に言った。
「行ってらっしゃい」
母は笑顔で答えた。
朝8時半を過ぎたというのに太陽は低い所にある。東からの光に手を翳し、大通りへ足を向けた。
「・・・隣の住人の証言によると、夜遅くに夫婦の言い争う声が聞こえ始めたそうです。しばらくして、静かになったと思ったら、叫び声が・・・」
二人の男が、とある住居の階段を昇っている。若い男の方がもう一人の中年の男に昨晩この家であった事を説明し終わると現場である部屋の前に着いた。
部屋の中には太った男がうつ伏せに倒れ、右脇腹後ろから血を流していた。その脇で現場検証が行われている。
中年は男の死体に目をやり、
「私情の縺れってヤツか・・・」
と、呟くと、部屋を見回した。争った形跡は得に見られない。
「奴(やっこ)さん、いつ引き取りにくるんだ?」
「今向かっていると思います」
若い男は答えた。
「まあ、アレだな・・・」
中年の男は遺体に近づく。
「時期が時期で良かったな。これ、夏場だったら一晩経っただけで、かなり強烈な匂い放ってるぞ」
「は、はあ・・・」
若い男は適当に答え、陽の差し込む窓に近づく。上司の余りにも能天気は発言に頭を抱えた。
自警団に勤めて早三年、この上司との付き合いも三年。中々この人の性格は理解出来ない・・・。
ふと視線を下ろすと、知っている姿が大通りを王城方面へと歩いている。
「あ・・・」
彼は急に大通りを歩く知り合いと話をしたくなった。ここ最近会ってないし、まともな人間とまともな会話をしたい・・・。
「すいません、ちょっと、外出てきていいですか?」
咄嗟に口から言葉が出てしまった。
「あ?いいぜ、死体回収部隊はまだ来ねえからな」
「すいません」
とりあえず頭を下げ男は早足に部屋を出て行く。
「フィーラ!」
表に出、知っている後ろ姿を呼んだ。
呼ばれた人間は振り返り、走ってくる声の主を見て、笑った。
「おはよう、イクス」
フィーラは幼馴染み、イクスケリオン・ルーアヴァージュに愛称で挨拶する。
「あ、おはよう・・・」
何故か照れてるイクスケリオン。声を掛けたものの、得に用事が思い付かない。
「あれ、今日は早いんだね?この時間なら、いつもは家にいるのに」
「昨晩殺人があって、今朝早く呼ばれたんだ」
「ふ〜ん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばし沈黙の後、フィーラが口を開いた。
「何か用があったんじゃないの?」
「え・・・と、・・・そうだ、今週の件だけど、本当に行くのか?」
「うん。急がないと雪降り始めるかもしれないし」
「だったら、春まで待って雪が解け始めてから、出発した方がいいんじゃないのか?」
「もう〜、お母さんと同じ事言う〜」
「そりゃ、誰だってそう思うよ。こんな時期に旅に出て、人里離れた辺鄙(へんぴ)なとこで、雪に埋もれて凍死なんて嫌だよ・・・」
イクスケリオンは頭を掻いた。
「だってさ、王室の人間が『魔力の起源は旧文明の崩壊と何らかの因果関係がある。お前達考古学者も徹底的に調べ上げろ』なんて言うんだもん」
「・・・ったく、馬鹿な連中だな、城にいる人間は。絶対何にもないよ」
「でも!私は今すぐにでも行きたいよ。急いでいるのは個人的に興味があるから・・・。小さい時、おじいちゃんがよく旧文明の言い伝えを話してくれた。
それはこの世界よりもずっと住みやすくて、便利な事象に溢れていたみたい。私はそんな高度な文明が何故滅びてしまったのか知りたい」
「何もなかったらどうするんだ?」
「う・・・、その時はその時よ・・・」
「・・・・・・」
イクスケリオンはまた頭を掻いた。
「まあ、いいけど・・・。おかしな上司の相手するよりも、君の夢に付き合った方が楽しいし・・・。俺もそろそろ準備始めとくよ」
「ありがとう」
フィーラの笑顔にイクスケリオンは顔を赤らめた。
「ゴメン、もう行くね」
「ああ、気をつけて・・・」
イクスケリオンは手を振り、フィーラを見送った。
大通りの先、勤務先である王立歴史研究所に着く頃ではすっかり体が暖まり、寒気も無くなった。
唯一の出入口である正面玄関、廊下を通り、自室へと向かう。途中、所長である年配の男性に挨拶をする。
部屋の扉を開けると廊下の冷えた空気がフィーラと共に部屋に入ったが温度差は大差無く、寒さは変わらない。
手を擦り合わせながら、部屋の隅にある暖炉に寄る。少なからずの魔力とはいえ火を熾す事ぐらいのことならば可能なのだ。
だが両親は彼女に魔力の使い方を全く教えていない。フィーラ自身も不便とは思わなかった。怪我をした時は「早く治って欲しい」と祈って、
痛みを紛らわす。多少の怪我なら、時さえ経過すれば、治る。自身の生命を削ってまで魔法を使いたいとは思わない。
父親の死後、魔力に対する意識は「あったら便利なモノ」から「存在してはいけないモノ」へと変わった。
暖炉に火を付ける。
「さて、と・・・」
立ち上がり、一方の壁に目を向ける。憧れである女性の肖像画・・・その彼女と目が合う。
「おはようございます」
フィーラは笑顔をみせた。