きっかけ―U
町の中心の時計塔が正午、12時を告げる。
鐘の音は乾いた空気の為か、大きく聴こえる。
昼食のため、フィーラは研究所を出た。やっぱり寒い。
太陽は昇ったが、雲に遮られてどんよりとしている。
近くの大衆食堂兼酒場へと足を運ぶ。
(寒い・・・)
去年の今頃はこんなに寒かっただろうか?そんなことを考えながら歩を進める。
数分後、食堂に着いた。やはり昼は混んでいる。酒を飲み、騒いでいる人間もいる。
入り口に一番近いテーブルだけ空いている。フィーラはドアから遠い席に着いた。ひょっとしたら相席になるかも。
手袋をコートのポケットに入れ、椅子に掛ける。給仕を呼ぼうと、カウンターの方に手を挙げる。
他の客の顔が目に入る。誰もが青白い顔をしているように見える。瞬きをしてみる。同じだ。寒いせい?
「遥か東に、魔力に満ちた土地があり、ある民族がその土地で生活している。彼等は唯一旧文明崩壊の真相を知っている」
東へ行くことを決めた発端はこの場所だった。言った人間の顔はもう覚えていない。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
頭の上からの声に我に返り、見上げると、顔馴染みの給仕の女性がいた。微笑んでいる。
「いつもの、お願いします」
日替わりメニュー、フィーラはいつもコレだ。
「畏まりました」
給仕は奥へと行った。
(疲れてるのかな?)
ため息を吐き、目を閉じた。睡眠時間は十分に取っている。眠いとは思わない。精神より肉体は正直だ、昔の偉い人が言ったらしい。
誰から教わったっけ?やだ、物忘れが・・・。
肘を突き、手を額に当てた。
この歳でボケたのか?自問自答したくなる。毎日、仕事で年配の学者達と付き合っているからかも・・・。でも、そんな時が好きだから今の職についた。同世代相手では、「何妄想してるの?」と返される。
「ここ、いいですか?」
不意に声を掛けられた。顔を上げ、声の主を見た。
「あ・・・」
「こんにちは」
声の主は微笑み、続ける。
「半年ぶりですね」
「こんにちは、そうですね、お元気そうで」
声をかけた人物はフィーラの隣に座り、左右の腰に携えた剣三本をテーブルに置いた。すぐに手に取れる為だろう。
再会した女性―――リュア・ティークは手を挙げ、給仕を呼ぶ。
彼女と出会ったのは、2年前の雨季、一週間雨が続いた日だった。
当時、クーデターが発生した。
王族はただちに鎮圧すべく軍を編成した。しかし、クーデター軍も名の有る者達の活躍により、戦況は膠着していた。
すぐに王族は人員補強として傭兵部隊を編成、その中にリュアの姿もあった。
その後、傭兵部隊の活躍によりクーデター軍は鎮圧された。この時、フィーラとリュアは出会った。
お互い、命の恩人として。
「いつ戻ってきたのですか?」
「ついさっき。寒くなってきたから全国放浪の旅は春まで休もうと思ってね」
そう言って、リュアは笑う。すると顔を近づけ、小声で言う。
「本当は違うけどね」
真顔になったリュアに、え?―――フィーラは訊く。
「二日後に、何か王様方を呼んで城で会議だか何だかやるそうなのよ。それの護衛って事で戻れと。極秘任務っていうのかな」
フィーラは思い出した。ここ数日間、城の護衛をしている兵士達の動きが慌ただしい事を。とくに関心はなかった。
「他の守護団の人達も来るみたいだけど」
守護団というのは国家間で設立された平和維持軍の事であるである。公に出来ない、ならなかった有事は彼らの活躍で処理されているとか。
設立されたのはクーデター後で、まだこれといった活躍が無いだけなのかもしれないが。普段は密使や要人の護衛とかしているらしい。一員であるリュアが言ったのだ。
らしい、というのは前に守護団の仲間から聞いたことがあるだけで、リュアはこれまでそのような依頼は頼まれた事がないのだ。尤も、自由気侭に旅をしているから、足取りを掴めないのか。
リュアの実家であるティークと言えば、ここフリーエリヒトに構える有名な鍛冶屋である。数十年前までは武具を作り、国相手に商売をしていた。テトラミーラはともかく、近隣諸国も顧客だった。今は農具やら鉄器を扱っているがそれでも成功している。屋敷もでかいし知らない者はいない。
用事があれば実家に来い―――リュアは思う。
本当に依頼が無いだけなのかもしれないが。
そんな事はどうでもいい。もしかしたら、守護団にとって初の任務じゃないのだろうか。初顔合わせとなる人物もいるだろう。
「でも名誉的な任務じゃないんですか?」
フィーラは言った。
「どーかなー・・・」
リュアは苦笑した。
「兄さんに久しぶりに会えるのはいいけどねー。場所が場所だから言動に気をつけなきゃいけないし、ましては各国の王の目の前。何かやらかせば確実にそれなりの処分されそうだし。おっと、この話はここまで」
運ばれてきた料理を片付け、数十分後二人は食堂を後にした。
「しかし、寒いね」
「そうですね」
「何か・・・年々寒くなってるような・・・」
「そうですか?」
「うん、絶対。魔力の浪費のせいよ」
「え?」
フィーラはリュアに顔を向ける。
「世界中で魔法の研究をしてるお陰で、空気が変になってるのよ」
(・・・・・・)
フィーラは思い出した。リュアの父も、自分の父と同じように王立魔法研究所に勤め、やはり他界してる。そして彼女もまた、魔力の存在を忌み嫌っている。
「あの・・・」
「え?」今度はフィーラが顔を向けた。
「・・・いえ、何でもないです」
彼女なら自分の意思に賛同してくれる・・・そんな気がして、咄嗟に言葉が出てしまった。
しかし、自分とリュアは違う世界の人間だ。自分は他人から見れば妄想屋、彼女は剣に命を託す剣士であり、一国の命を託される選ばれし者でもある。そんな人間を自分の都合に利用することは出来ない。
でも彼女ならば・・・。
計画している旅の目的は『旧文明の滅亡の原因』と『魔力の起源』の究明、周りの人達にはそう告げた。しかし、それは建前、真の目的は別。
彼女ならば全てを告白できるかも・・・。
そうこうしているうちに王城の敷地に入っていた。
「それじゃ、また」
リュアは城に居る兄に会いに行く為、別れの言葉をかけた。
「はい、それでは」
言いたい事は言えなかった。しかし、憧れの女性の笑顔が全て忘れさせた。これが正しい。フィーラは思う。心のどこかでは、誰かに自分の考えている事を共感して欲しい、同情して欲しいと思っている。
自分は甘えている。
リュアの背中を暫く眺め、西へと続く石畳の歩道を進んだ。