きっかけ…W
机の上に片付けなければいけない書類が広がってはいるが、意識はどこか遠くにイっている。
ぼんやりした瞳は、先程一緒に昼食を済ませた女性を描いた絵にいき、右手は生前の父親から貰った首飾りを玩んでいた。そして脳はある葛藤をしていた。
一個人の好奇心と興味だけで、リュア・ティークに同行を依頼するか否か・・・。しかも、今日帰郷したばかりなのに数日のうちに連れ出すのは失礼すぎる。流石にそこはわかっている。
だが、イクスケリオンと二人きりで、もし何か不測の事態が起きた時、対処出来るか・・・?旅なんてした事も無い二人だ。
フィーラは仕事で出張等の経験があり、見知らぬ土地に行った事もある。しかしそれは国がある程度支援をしてくれる。馬車や船といった移動手段、護衛に滞在費などなど。
今回は、上にも挙げたが個人、もっと砕いていえば極力出費を抑えた只の旅行である。雨天決行どころか雪の中出発する可能性が高い。
やはり、こうゆう経験がある人間が居た方がいい―――正当化する理由である。
フィーラは考え事をすると首飾りを弄る癖があった。
父親から、お土産で貰った、黒い円柱形の金属のようなモノが二本付いた首飾り・・・。首に負担が全く無い。特殊な金属のようである。
何年か前に溝がある事に気付き、開けられるような気がして、イクスケリオンと頑張った事もある。結局開けられなかった。中に何か入っているような感じがした。
何となく、この首飾りを触っていると落ち着く、そして頭が冴えるような気がするのだ。
「まあ・・・いっかな」
深呼吸を一つ。
「まだ時間はあるし、それからでも遅くない。うん、そうしよう」
そうゆう話は早いほうがいいと思うが。
書類に向かう。
鍛冶屋を営む実家の門の前でリュアは、打ち付けられた店名の刻まれた看板が傾いていることに気付き、手で角度を修正してあげた。
もうツブれたのではないのだろうか?そんな事を思い、門を通ると倉庫から食材を運ぶルベクト・エーラスがこちらに気付き、
「お帰りなさい、リュアさん」
と、呼びかけてきた。
彼は一年半ほど前、鍛冶の修行をさせてくれと押しかけてきたのだ。あまりの熱意にフィーラの母親は仕方ない面倒を見ることにした。
「ただいま」
「剣と荷物、持ちますよ」
「ありがと」
とりあえず剣三本と土産である各地の名産品等が入った袋を渡す。
「ぅ」
思ったより重かったのかルベクトの口から変な声が出たのをリュアは聞き逃さなかった。
「ただいま」
玄関を通り抜け、応接間兼居間に行くと母が奥の廊下からきた。
「おかえり」
「今回も無事に帰ってこれました」
「よかったよかった」
そう言って、母ユリエヌは煙草に火を付ける。
ルベクトは荷物一式を居間の椅子に置くと、奥の台所へ行った。本日は彼が夕食当番のようだ。
「もしかして、御呼びがかかった?」
煙を吐き出し、ユリエヌは聞いた。
「うん、丁度帰ろうかなって時に、使者にあってね」
「そっか」
ユリエヌは煙草を吸う。
「兄さんに会ってきたよ」
「エクルス?」
「うん、元気にしてたよ」
リュアは母に顔を近付き、小さな声で言う。
「魔法研究所の方で何か発見があったみたいね」
「本当に?」
「兄さんが言ってた」
「ああ、なるほど・・・」
ユリエヌはくすくすと笑う。
「王族の皆さんは、他の国の王様方にその力を見せ付けたいのね」
「絶対そうだよね」
二人して笑う。
「後で剣見せてくれない?」
「いいけど・・・もしかして使い手の粗探しですか?」
「そう、剣術を仕込んで、剣を作った者としての責任だから」
「いやー先生厳しいなあ」
リュアはおどけた。
「おお、リュア。帰ってきたか」
工房へと続く廊下から兄ガルトがやってきた。彼はエクルスの弟で、リュアの兄にあたる。今のティーク鍛冶屋は彼が切り盛りしている。ユリエヌはルベクトの面倒を見ているだけだ。
「血を流す時代は終わり、これからは平和を創る時代だから。ガルト、後はまかせるわ・・・」
魔法が軍事転用される事を危惧した父が死んだ後、ユリエヌは武具は一切扱わない事を決めた。そしてガルトが店主となった。
「ただいま」
「いやー無事で良かった。おーいルベクト、飯はまだかー?」
「はい、ただいま」
さて―――そう言って煙草を自作の灰皿に押し付け、ユリエヌは席を立つ。
「あ、ガルトとリュアは座って待ってて。私とルベクトが用意するから」
ガルトは剣と荷物に目をやった。
「土産買ってきてくれたのか?」
「うん」
「何買ってきたん?」
「何だったっけ?忘れた」
リュアは笑って誤魔化した。
「あー、それと、飯食ったら剣見せてくれよ。母さん最後の傑作を」
「いいよ。技術を盗むんですか?巨匠(笑)」
「ま、そんなとこ(笑)」
(あれ・・・)
眼から送られてくる情報を処理した脳は、目覚めたという答えを出した。
(もう朝・・・?)
フィーラは壁の時計を見たくなった。
しかし、それにしても部屋が明る過ぎる。今の時期は日の出も遅く、朝の七時でも薄暗い。
(あれ・・・)
眼が明るさに慣れてくると、真正面に光源が現れ、その輪郭がはっきり映る。
(何?・・・太陽?)
白い光を放つ円形の光源は、寝ているフィーラの丁度真上にある。つまりそこは天井の一部である。身体を起こし、辺りを見回してみるとそこは自分の部屋ではなかった。
(あれ・・・ここ、どこ?)
天井床壁、全て真っ白。向かいの壁には見た事も無い材質で作られた机がある。その上には四角い箱が置かれ、緑色の文字で『PM 15:37』と書かれてあり、暫くそれを見ていると『PM 15:38』に変化した。
(何あれ・・・?)
疑問の連続である。埒が明かないので考える事にした。
昨夜は自分の部屋で寝た。自信がある。これは揺ぎ無い事実。そして起きたら別の部屋。
もしかしたら・・・これは夢?
そうだろう。そうとしか考えられない。
次に『ここは何処で、どんな夢なのか?』という疑問にとりかかった。
(ひょっとして、旧文明の・・・夢?)
ツいてる―――フィーラは思った。
夢とはいえ、こんな形で旧文明の風景を目の当たりにできたのだ。研究家としてこれほどの奇跡は神に感謝しなくては。そして意識もはっきりしている。これなら今すぐ飛び起きて、たった今見た夢のスケッチだって出来る。
まさに奇跡。
『PM 15:39』
また箱の文字が変わっていた。一体あれは何なのだろう?
近付いて調べようと思ったが、身体が動かない。
あれ?上半身は起こせたのに・・・
カチャ。
フィーラの寝てるベットに面した壁に扉があったようだ。一人の女性が入ってきた。
(あ・・・人・・・)
黒い髪に黒い瞳。肌の質を見た感じでは(失礼だが)だいぶ自分より年上のようだ。白い白衣には胸の所に名札のようなモノが付いてる。
あの、ここどこで・・・。
声が出ない。
(へ?)
そんなフィーラにお構いなしに女性は話しかけてきた。
初めて聞いた、旧文明の言語。
もう一人の声が聞こえた。それに対し、目の前の女性は返事する。
なんじゃこりゃ?
フィーラは完全に目覚めるのではないかというぐらい、脳を使い、今眼に映る状況を理解しようとする。
女性は相変わらずフィーラに話しかけてくる。そして別の誰かの声が応える。
ひょっとして、これは・・・
どうも、『乗り移っている』ようである。
恐らく女性は目の前にいる誰かと会話をしている。そして自分は、その誰かの視界に乗り移っている。
(うあー、ナニコレェー?)
・・・暫く、聞いた事の無い言語の遣り取りを二人称の視点からフィーラは見てた。すると、女性が悲しそうな表情をする。
(・・・・・・)
フィーラは何となく心配になる。
女性が自分に抱きつくような格好になると視界が真っ暗になった。
(あ・・・)
次に視界が開けると、部屋が薄暗くなっていた。
?
ようやく自分の部屋に戻ったようだ。夢は終わり。
(何だったんだろ?)
夢の内容を忘れないようにと、ベットから起き、机に向かった。
壁の時計は6時半を過ぎている。
母が起こしに来るまで書き残そう。そしてイクスケリオンとリュアに話そう。うまくいけばリュアも同行してくれるかも。
フィーラはそんな事を考え、筆を動かした。