きっかけ・・・X

いつものように一日が始まった。
今日は幾分か空が開け、太陽の光が差し込んでくる。しかし温度は変わらず、寒い。
本日は国王からの伝令により、フリーエリヒトの街には兵士が溢れていた。明日からの催し物とやらの為に各国の首脳陣が来訪するからだ。
何も知らない一般市民の間に緊張の空気が立ち込めていた。
イクスケリオンもこの事態に不振を抱いた。彼は自警団の詰所に向かっている最中である。
「珍しい事もあるもんだな」
城外までも手下を行き届かせるとは、多少国王の考えが変わったのか。今まで兵士は城内の警備専門だと思っていた。
「おはよ」
背後から声がした。振り返るとフィーラがにっこり微笑んでる。
「お、おはよう」
ちょっと驚くイクスケリオン。それとはお構いなしにフィーラは顔を近づける。
―――あ、あんまり近付くなよ。
「ねえねえ、昨日凄い夢みたんだよー」
「夢?どんな?」
「聞きたい?」
「んー、時間無いから今度にしてくれ。旅の最中にでも聞かせてもらうよ」
「ぶー」
口を尖らすフィーラ。でも、
「じゃあ、一緒に来てくれるんだ」
「うん、付いて行くよ。・・・それとちょっと頼みがある」
「え?」
「今日、やけに兵士達の姿が見えないか」
本当だ。
「言われてみれば確かに・・・」
二つ先の、大通りとの交差点で兵士達が通行規制を行っていた。
「あ」
「何か知ってるのか?」
「そういえば、昨日、リュアさんに会ったんだ」
「リュアって、あのリュア・ティーク?」
「うん」
「何か言ったのか?」
「極秘任務とかって言ってた。他の国の王様達が来るから警備に駆り出されたんだって」
「ふーん・・・ま、何か分かったら仕事の後教えてくれ」
「わかった」
「それじゃ」
「うん、またね」



テトラミーラ城内では朝早くから大清掃が行われていた。使用人達が走り回っている。この後は模様替えやら歓迎のための装飾等が待っている。
正面口を通り、受付で、入城の許可を得る。今日も武具は預けなければいけない。明日は国王直属の警備兵という事で武具の所持は許される。
それにしても。
リュアは欠伸を噛み殺した。
眠い。
昨夜は旅の土産話で盛り上がった為、睡眠時間が4時間しか取れなかった。それなのに早くから城を訪れたのは理由があった。
国王の謁見開始時間までに兄エクルスから明日の流れや王族内の動きを聞き出したかったからだ。
時間が早い為、廊下の先の休憩所で待てと言われたリュアだったが、昨日訪れた詰所がちょっと先にあった為こっそり覗き込んだ。
(いるかな?)
誰もいない。
(早すぎたなあ・・・)
扉を閉め、休憩所の長椅子に座る。
エクルスは起きてるはずだ。朝食でも摂っているのだろう。
時間潰しも兼ねて、眼を閉じた。
「アレ?ティークさんデスカ?」
呼び掛けた相手は、リュアが顔を上げると、軽く手を挙げる。
「おはようございます。お久しぶりですね、たしか任命式以来」
リュアは言い、軽く会釈をした。
「おはようございマス。今回は初任務デスカ?」
「私はそうですね、殆ど旅してますから」
アハハ――リュアは笑った。
「私もデス。他の方々も初めてだと言ってマシタ」
リュアに声をかけた人物―――エルミーア・リストーロは同業者、守護団の魔術師である。彼女はリュアの二つ下、つまり21歳。 天性的な魔力と、その制御と魔術を評価され、守護団に選ばれた。ヒラヒラした装束は彼女の一族に纏わるモノらしい。あと杖を持ってた筈だが、受付に預けさせられたようだ。
彼女に初めて会ったのは二年前のクーデターの時だった。
ある程度訓練された魔法使いといえど、魔法の連発はおろか、10発も撃てば魔力が尽きてしまう。しかしエルミーアは単体で一個師団を壊滅させた。
―――ばけもの。
リュアは戦慄したのだった。
「今日は何か用事デスカ?」
エルミーアが訊いてきた。
「え?あ、ちょっとね。兄さんに」
「近衛隊の隊長でしたネ」
「あなたは?」
リュアが聞き返すと、通路の先から兄が現れた。
「来ましたネ。私はこれデ」
「話の途中だったかな?」
エクルスが言った。
「イエ、それでは失礼シマス」
エルミーアは通路を進んでいく。
「・・・彼女も守護団?」
「うん」
「ふーん・・・それで、用があって来たんだろ?」
「明日の予定って?」
「それなら、後で大臣から説明がある。心配するな」
「そうなんだ」
だからエルミーアもやって来たのだろう。リュアは思った。
「守護団の人間も何人かこの街に来てるぞ。昨夜は宿取って過ごして、これからここに来るらしい」
眠い頭で聞くリュア。
すると、
「おはようございます、ティーク様」
と、女性の声が聞こえた。
呼んだ?
リュアが振り返ると、使用人と思われる若い女性が二人立っていた。
どなた?
「おはよう」
エクルスが返す。それを受けてか二人の女性の顔が赤くなった。
「あのー、こちらの女性は」
もう片方の使用人がリュアの事を訊く。
「妹」
「あ、は、初めまして!」
慌てるようにリュアに挨拶をする使用人。吹き出しそうになった。
「初めまして」
リュアは返す。
「では、失礼します」
走って行ってしまった。
それを見て、リュアは言う。
「流石近衛隊隊長様はモテますね」
「そんな事ない」
エクルスは手を振る。
「兄さんが気付いてないだけ」
「お前はどうなんだ?」
「そんな事ない」
リュアは手を振る。
「さて、そろそろ朝礼があるから行くぞ」
「うん、またね」
エクルスは手を軽く挙げてから、通路を戻っていった。



リュアは今日は城内に来るのだろうか・・・。
旅の準備をしながら、思った。
旧文明の文献、自分が纏めた文字の解読表、地図、その他必要になるかもしれない道具・・・。資金は出張費用である程度下ろせた。 長期出張の届けも先週出して、許可も下りてる。同行者も付ける事ができた。でも不安があった。
壁の絵のリュアは微笑している。
(後で、話だけでもしてみよう・・・駄目かもしれないけど)

保管室の整理を終え、壁に掛けられた時計を見ると午前九時半を回っていた。
(城に行ってみよう・・・)
廊下を小走りに駆けていると所長と会う。
「片付けてくれたのかい?」
初老の所長は訊いた。
「はい」
「何か必要な物は無かったかい?君の旅の手助けになる物は」
フィーラは返事に困った。旅に出るには、いずれ帰ってくる。年内には戻れる予定だが、気象状況によっては足止めを喰らい、予定が狂うかもしれない。その前に出来る事を済ませておきたかった。だから保管庫に何かを期待したわけでもない。
「ははは、余計な心配だったかな」
所長は唯一髪の毛が残っている後頭部に手を当て笑う。
「君が無事に帰ってきてくれれば、それだけでいい。だから無茶はしないでおくれ、まだ若いんだ」
(・・・・・・)
「悪かったね、足止めさせて。急いでたようだし」
「えっと、少し城の方に行きたいのですが、宜しいですか?」
所長は首を立てに振り、
「ああ、行っておいで」
と、言った。
「ありがとうございます」
一礼して、フィーラは足を進めた。

王城の会議室では、大臣による明日の流れの説明会が行われていた。説明を受けているのは守護団の面々。色々な顔が大臣に視線を送っている。睨んでいるようにも見える。
結局は各国の王の護衛であるが、このような状況ではテロリズムが発生する可能性が高く、過去にクーデターの経験があるテトラミーラは非常に警戒するようになったからだ。おまけに護衛対象が城内にいる為、魔法や火薬の使用に制限がついた。
城内ではやたらと走らない。貴金属類には触れるな。子供に呼び掛けるような事項まで注意されたのだ。
最後に守護団団長の話があり、説明会は終わった。
リュアは親しい団員と互いの近況と旅の話をし、会議室を後にした。
城には特に用事が無い場合はあまり長居はしたくない。
一階の廊下に来ると、木々の間から魔法研究所が見える。
あそこで父は死んだ・・・
彼女の父も、フィーラの父同様、魔法の使い方を教えない人だった。剣術は作り手で使い手でもある母から教わったのだ。エクルスもそうだった。
受付で武具を引き取り城を出ると、走ってくるフィーラが眼に入った。
「おはようございます!」
真っ先にフィーラは言った。
「おはよう」
それに返した。
フィーラは息を整えながら言う。
「あの、少し時間、ありますか?」
「いくらでもあります」
リュアの笑顔にフィーラも笑う。
「どこか、暖かい所に、入りましょう」
「ええ」
二人に城に行くという選択肢はなかった。
フィーラはあそこに行こうと思った。東の土地の噂を聞いた酒場を。

「フィーラさんもこうゆう店に来るんですね」
酒場の扉を開けるフィーラはリュアの言葉に、
「たまーに、友達とかと来たりします」
と、苦笑しながら返す。
店内は大きい暖炉のおかげで、暖かい。
コーヒーを二つ頼む。待っている間、リュアは旅の話をしてくれた。
まるで、自分が旅の同行を頼みに来た事を知っているのではないか、とフィーラは思った。毎年一人旅をしていることから旅好きということも窺える。
―――言おう、今しかない。
コーヒーがきた。
「あ、すいません、私ばっかり話して」
リュアは苦笑し、コーヒーを一口啜る。
「あの、実はお願いしたい事がありまして・・・」
「?」
「今週末に東に旅に行こうと思ってまして」
「これから?」
「そうです」
「急ぐ用事なんですね。研究所のお仕事?」
「それもありますが、個人的にも非常に興味のあるものでして・・・」
「何?」
「旧文明崩壊の真相があると言われる土地を訪ねようと」
「ふーん」
リュアは思い返す。一人旅で全国を渡り歩いたがそのような土地を訪れた事も聞いた事もない。まだ見知らぬ土地があるのか。
「家族と仕事先にも旅の許可を得て、一応一人同行者がいますが、何分土地勘があまり優れないので、その・・・土地勘に優れた方が居てくれたら嬉しいと思って」
「つまり、全国を巡っている私に同行を希望って事ですね」
「そうです・・・」
リュアは少し考える。待っている間、フィーラはカップを口に運ぶ。
「何日ぐらい掛かる予定ですか?」
「順調に行って7日ぐらいです。過去の記録を調べたのですが、東のヌルーム山脈に未踏の地があるんです」
「あーあそこねえ・・・確か、山の向こう側は地図もいい加減な表記をされてますね。向こうはまだ行った事はないです」
「・・・夢を見たんです」
「夢?」
「旧文明の頃のような・・・自分もあまり状況がよくわからないモノだったんですが・・・見た事無い格好の女の人と不思議な材質で出来た部屋が出てきて・・・これは旅と関係ないですけど・・・」
「んー・・・」
リュアは再び考えだす。未踏の地というモノに興味をそそられた。今まで色々な景色を見てきたが何度も見たものばかりで新鮮さがなくなりつつあった。もし、結果的に自分にとって不利益な旅だとしても、絶景を望めるかもしれない。 未踏の地がまだあるなら、自分も同行してそれを共有出来たらいい。
「いきなり無理な事、お願いしてすみません。帰ってきたばかりというのに・・・」
「いえ、そんなことないです」
リュアは手を振る。
「でも、一つだけ条件が」
「え?」
リュアは人差し指を立て、告げる。
「明日出発じゃなければ、同行出来ます。とりあえず明日は王様達が来るので顔だけ出して、こっそり抜け出します」
リュアは目の前の女性の依頼の方が面白そうだと思った。退屈な警護よりも未知の土地と景色を求めて旅に出た方が性分に合う。それに、知り合いとはいえフィーラと一緒の時間はこれまで殆ど無いに等しい。たまたまばったり会って、こうゆう感じで話をして、すぐにお互いの生活に戻る・・・。 男に囲まれて育ち、母親以外の女性と話す機会は少なかった。これを機に、もっとフィーラの事を知りたい。
「じゃあ・・・」
フィーラの顔が緩む。
「ええ、同行します」
「ありがとうございます!」
フィーラは深々と頭を下げる。
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