narrow squeak…T
昨夜遅くに雨が降ったが、明け方には上がり、石畳の大通りは多少凍っている。
冬用のブーツでも慎重に歩を進め、歴史研究所に向かっていた。
各国の王を歓迎する垂幕や王城への標識が新たに設置され、いつもの景色がちょっと違う。兵士達も警備につき、道行く者達の顔を窺っている。
王城敷地入口の門まで来ると、豪華は飾りを付けた馬車が停車していた。白い馬が三頭、手綱には王家の紋章が見える。
「・・・」
職場のある西の方に向かう。他国の人間に会えば、面倒くさい遣り取りをせねばならないだろうとフィーラは思った。幸い、誰にも会わずに済んだ。
(しばらく、研究所で大人しくしてよう・・・)
足元に視線を向け、慎重に歩を進める。
その頃、王城の謁見の間では号令が掛かっていた。城内に配備された兵士達は日課という事もあり平気であったが、守護団の人間は早い招集が応えたか眠そうである。というか、何人か立ったまま眠っていた。
傭兵出身の者はどこでも寝れるとか聞いた事があるが、立ったまま眠る者は聞いた事がない。
リュアは立ったまま寝ている隣の元傭兵、ダレス・スペイデルの腕を肘で突付いた。彼は、
「おう」
と、小さな声を出し、
「寝てた」
と、付け加え、苦笑い。
リュアも苦笑いで返した。
ようやく号令も終わり、守護団も解放された。
本日は午前と午後で配置が変わる。午前は各国の王が入城する為、城内全体を、午後は王達を護衛するかたちで魔法研究所の方に行く事になった。
テトラミーラ王は研究の成果を早く見せ付けたいようだ。
謁見の間を出ると、ダレスが呼び止めた。
―――ところで、どうすりゃいいんだ?
何にも聞いていなかったようである。
「貴方も私も正面玄関組」
「なるほど。で、魔法使いの皆さんは3階テラスで援護、兵法通りか」
魔法は遠距離を攻撃出来る為、速やかに敵の方向、勢力を知り、先制攻撃を加える事をねらいとし、このような戦術はどこの国も採用していた。
おまけに空からの攻撃にも対応出来る。尤も、こんな世界に空から攻撃をしてくるモノなど無い。
兎に角、魔法による遠距離からの先制攻撃は戦況を有利に、戦死者の減少も抑えられる。
武力は武器から魔法へと変化しつつある。
しかし、これはあくまで「ヒト」相手での話である。
もしそれが、人の遥か上のいく生物だったら、この戦術は通用するか・・・
そう考える者は誰一人いなかった。
城内の警備が多少強化されるだけで、特に普段と変わらない。何人か裏門に配備された。これだけ人員を投入していれば問題無い。それより、事を起こす馬鹿はいないだろうという首脳陣の見解だった。
腹の虫が鳴く。
イクスケリオンは朝早くから西門の警備に駆り出されていた。自警団の面々が数人、変な上司は詰所でさぼっている。
フリーエリヒト市中央に聳える時計塔を見る。
(もう昼か・・・)
立っているだけで半日が終わってしまった。
「おーい」
女性の声に自警団の面々は一斉に振り返る。
フィーラは彼等の為にサンドイッチを持ってきた。
詰所内で封切ると男どもは我先に手を伸ばす。
そして口々に「ああ、うまい」とか「君は女神様だ」とか「イクスケリオンはいい嫁を貰ったな」とか言った。
照れるフィーラと、赤くなるイクスケリオン。サンドイッチを頬張るイクスケリオンにフィーラは囁く。
「あなた、いいニュースがあるのですが」
―――あなた
(やめてくれ)
イクスケリオンは思った。
「・・・何?」
「旅の件だけど、一人同行してくれる人が」
「本当か?」
「リュア・ティークって前に話したよね?」
「君の恩人だろ、覚えてるよ。とんでもないの、味方に付けたな」
「出発はいつでもいいって言ってた」
「ふーん、帰ってきたばかりなのに」
イクスケリオンは同行を引き受けたリュアに疑問を抱いた。
よく考えればデメリットだらけ、ほぼ見返りゼロ。それは自分も同じ。でも、俺は何で同行する事にしたのだろう・・・。
仕事から離れられるから?それだけの理由だったか?他にあったような・・・
「まだ時間あるね」
窓から見える時計等で時刻を確認し、
「もう少しお喋り出来るね」
と、付け加える。
その頃、遥か西から悪魔の部隊が魔界とこの世界を繋ぐ次元の歪みを潜り、東へと進路を向けていた。