narrow squeak…W
「はははははははッ!昼飯時に邪魔をしたようだな」
聴こえてきた声にリュアとダレスは戸惑う。
「貴方も聴こえるの?」
「ああ、聴こえる。お前と同じかわからんけど」
「男の声?」
「そうだ」
声が聴こえても姿が見えない。
まださっきの化け物が周囲にいる?二人は警戒する。
「俺の声が聴こえる事に不思議がる必要は無い。この世界の人間全てに伝えているのだからな」
この世界の人間・・・
そうゆう事か。ダレスが呟く。
「魔力の消費が予想以上に早いので手短に告げる。今から一週間後、この世界を破壊し、血と骨の上に悪魔の世界を創る」
―――え?
「その時は先程とは比較にならない数で伺わせてもらう・・・ククク、これからの七日間は有効に使え。愛する者と過ごすのもよし、過去に対する復讐と懺悔を行うのもよし、いつもと変わらぬ日常を送るのもよし、只管(ひたすら)神に祈るのもよし・・・尤も、この世に神は居ないだろうがな・・・」
声の主、恐らく先程襲撃してきた化け物、悪魔達の親玉と思われる男は笑う。
「では、世界の最期の日に御目見えするとしよう。俺の名はビュージェエイファ、死ぬ直前まで覚えておけ!」
声の主は最後に高笑いをし、それっきり声は聴こえなくなった。
「・・・」
リュアとダレスはまた顔を見合わせた。
「世界を破壊だと?」
「そう言ったわね・・・」
やはり同じ声が聴こえたようだ。
「こりゃ、人類史上最大の危機かもな」
「でしょうね、本当ならば・・・」
「お前、たまたま俺と同じ幻聴が聴こえたと思って信じないのか?」
「貴方は?」
「俺は・・・信じる。お前だって見ただろうが、あの化け物共」
「ええ、信じるけど・・・・・・一旦、城に入って安否の確認をしながら皆から訊いてみましょう。同じ声が聴こえたかどうか・・・」
誰もがわけがわからなかった。何でこんな事になったのか。
守護団と城に戻った兵士達で生存者の確認を開始した。
リュアは真っ先に兄エクルスを探した。
「リュア!」
振り返ると、地下へと続く階段から出てきた兄の姿。
(よかった・・・!)
王達よりも、兄の無事な姿が確認出来て、リュアはへたり込む。
「大丈夫か?」
リュアの身体を支え、エクルスは言った。
「何とか・・・」
妹の服の一部が焦げている事に気付き、近衛兵の一人を呼ぶ。彼は服から回復魔法を施し、火傷を完全に治療した。
リュアは彼に礼を言った。
「さっき・・・何か聴こえなかったか?」
エクルスが先に訊いてきた。
「兄さんも?」
「・・・お前もか、いや、全人類が耳にしたようだな」
エクルスは王達を連れて地下の階へと避難させ護衛をしていた。そこで悪魔の声を聴いた。王達は頭がおかしくなったと慄いていたそうだ。
リュアはそれを聞いて噴出しそうになったが、事の重大さ故に、堪えた。
「王はどうするって?」
「まだ何も。これから緊急会議じゃないか。丁度いい、他の国の王達が来ている」
「・・・」
近衛隊隊長の口から出る言葉ではない。
「リュア、お前、母さんの所に行ってこい」
(・・・あ)
少し前まで、自身が死と隣り合わせの戦いをし、人間を遥かに越える生物相手に何とか生き延びた事に浸っていた。兄に家族の事を言われ、我に返る。
「母さん、ガルト兄さん・・・」
「あの二人なら大丈夫だとは思うけど・・・」
エクルスは少し笑い、続ける。
「早く行ってやれ。俺はここを離れられないから」
言い終わらぬうちにテトラミーラ王がエクルスを呼び付ける。エクルスは返事をし、
「じゃあ、頼む」
と、リュアに言い、王の元へ走っていった。
最後の台詞の前に一瞬、表情が歪んだのをリュアは見逃さなかった。
他の守護団の人間に家族の安否を確認に行く事を告げ、城を後にする。
ふと左側、東の方を見ると、葬祭の儀式が行われている。
「あ・・・」
エルミーアの姿があり、彼女は俯き、泣いている。
紅に緋を重ね、炎は燃える
一つとなってこだまする哀悼の声、聖なる合唱・・・
弔いの火柱は高く、太く・・・
浄火は謳う鎮魂の歌、積み薪の歌・・・
リュアは声をかけようと思ったが、止めた。言葉がみつからなかった。
(・・・あの人は無事かな・・・?)
今度は反対、西の方角を向く。
歴史研究所の建物自体は無事のようだ。
大通りから入った一画、ガルシュツァット家の前で女性が座り込んでいた。
顔を腕に埋(うず)め、表情は窺えない。肩が小刻みに震える。
扉が開き、イクスケリオンが出てきた。手にはカップ。
「フィーラ・・・」
彼女の隣に座る。
何と声をかけたらいいかわからない。
「ほら、コレでも飲んで・・・」
カップを差し出す。これしか思いつかない。
フィーラはようやく顔を上げてくれた。家に連れてきてから、ずっと、こんな調子だったのだ。
彼女の眼には涙。
「うん・・・」
精一杯の笑顔・・・。イクスケリオンは思った。
崩れ落ちる時計塔・・・
イクスケリオンは迫ってきた化け物、悪魔に狙い撃ちされる恐怖を押し殺し、大きくなる死の影からフィーラを間一髪救い出した。
落下した時計塔上層部のお陰で悪魔から逃れることが出来、なんとか無事フィーラを連れてくる事が出来た。
彼女の母エルマは無事であった。フィーラは己の目でそれを認識すると安心と先程までの死の恐怖からか泣き崩れたのだった。
―――貴方が元気付けてやりなさい
彼女の母はそう言って、ココアを淹れた。
「好きな人だったら尚更。さっきあの子を助けてくれたんでしょ?あの震え様・・・死ぬ程怖い思いをしたんでしょうね・・・」
少し前のエルマの言葉をココアを啜るフィーラの横顔を見ながら思い出す。
先程の出来事は言わない方がいいと、イクスケリオンは思っていた。
―実はお宅の娘さんを俺が助けたんです
とは言えなかった。
「・・・これから」
「え?」
「これから、私達はどうなるのかな・・・?」
「二つに一つ・・・かな?」
フィーラは目尻に残る涙を拭き、イクスケリオンの顔を見る。
「抵抗しないで滅びの時を待つか、最後まで抵抗して死ぬか・・・しかないと思う」
「・・・・・・」
フィーラは小さく頷く。彼女も、人間にはそれしか選択肢が無いだろうと、納得する。目線を落とす。
相変わらずイクスケリオンは彼女を元気付ける言葉が思いつかない。
「さっきは・・・助けてくれてありがとう」
イクスケリオンはフィーラを見る。
「お礼、言ってなかったね」
「・・・気にしないで。あんな状況じゃ、二人共死んでいたかもしれなかったんだし・・・」
あの場面を思い出し、イクスケリオンの腕に鳥肌が立った。
突然、フィーラが彼に抱きつく。
「!?」
「私って、いっつも自分の事ばかりだよね・・・」
「・・・・・・」
「思ったんだ・・・」
「何を?」
「東に行く事は止めようと思う」
「・・・・・・そっか・・・」
あと7日。どうせ死ぬなら家族と最期の時間を過ごそう・・・フィーラは思った。
家の扉が開く音がすると、フィーラはパッとイクスケリオンから離れた。親とはいえ、異性に抱きついている所を見られたくなかった。
「貴方達、中に入って。・・・大事な話をするから」
エルマはそう二人に言った。
何の話だろう?
二人は立ち上がる。イクスケリオンはフィーラの顔を見る。何とか立ち直ってくれたようだが、全く元気つける言葉が出なかった自分が情けなく思えた。あんな危機的状況でも身体は動いたのに、心というものは・・・
「座って」
居間に入った二人にエルマは言った。
言われた通り、座る。さっきみたいに隣り合って座らない。エルマが口を開く。
「東に行く事なんだけど、最初は反対だったし、今でも反対・・・」
「・・・」
「でも・・・あんな事になって、よく考えてみたんだけど」
エルマはフィーラの眼を見る。
「フィーラ、あなたは東に行きなさい」
(!)
まさか母からこんな言葉が出るとは思わなかった。フィーラは直接的に反対と言われた事は今までなかった。仕事だから、という言葉がそうさせていたと思っていたが。
「行って、旧文明の何かを見つけてきなさい」
「ま、待って、いきなりそんな事を言われても・・・」
フィーラは後押しされた事とこんな時に言われた事に対する感情が入り混じり、苦笑する。
(まだ気持ちの整理が・・・)
眼を母から背ける。
「行きなさい」
「・・・」
「おばさん・・・」
イクスケリオンが間に入る。
「こんな時にそんな事を・・・」
エルマはイクスケリオンにも言う。
「イクスケリオン、貴方もよ。うちの子を守ってあげて」
「・・・」
若い二人は黙ってしまった。
何でこんな時に・・・。フィーラとイクスケリオンは苦悩する。
何かに期待して東に行くか、最期の時まで家族と過ごすか・・・
その事の狭間で迷っていたのに、何故・・・?
「もし・・・」
フィーラは言い、顔をあげる。
「もし、東に行ったとして、何もなかったら?それこそ、最期の時間が無駄になっちゃうかもしれないよ?」
「最期?死ぬと決まったわけじゃないのに、もう諦めるの?」
「・・・・・・」
「何かが有ろうが無かろうが、そんな事はいいの。無ければ、貴方達だけでも生き延びて」
「だったら、おばさんも一緒に逃げよう」
イクスケリオンの言葉にエルマは首を振る。
「何故?」
「・・・この町には夫の骨が眠っている。あの人を残してはいけないわ」
「フィーラ・・・」
(・・・・・・)
フィーラは究極に迷っていた。行くべきか行かざるべきか・・・。
「ちょっと、出掛けてくる・・・考えさせて・・・」
「でも、あと7日しかないのよ」
立ち上がるフィーラにエルマは追い討ちをかける。
「わかってる!・・・だから、考えさせて・・・。母さんの言ってる事もわかるけど、私は気持ちの整理がしたいの」
母の言い分も痛い程判るが、そんな簡単に、もしかしたら永遠の決別になるかもしれない旅立ちを即座に実行出来ない。そんな想いが言葉に表れ、エルマにぶつけられた。
「フィーラ・・・」
「イクス、今日は本当にありがとう・・・私を助けてくれて。・・・・・・もし、私が東が行くと言ったら、一緒に来てくれる?」
「・・・もちろん、ちょっと気が引けるけど、君を一人で危険な旅路には行かせられない」
「ありがとう」
フィーラは先程のように、母の目も気にせず、イクスケリオンに抱き付いた。驚くイクスケリオン。
「お、俺も家族にこの事話してくる・・・もしかしたら今回の事態のせいで反対されるかもしれないけど、絶対、君を一人にはしないから」
「うん・・・ありがとう・・・」
イクスケリオンから離れる。眼には再び光る雫があった。
「じゃあ、ちょっと出掛けてきます・・・」
「いってらっしゃい」
エルマは言った。