narrow squeak…X

海岸の上空を海鳥が飛んでいる。
沖からの風は強く、冷えている。
灰色の雲は厚く、太陽を隠し、流れていく。
コートのポケットに手を入れ、少し俯きながらフィーラは歩く。ここまで、そんな様子で歩いてきた。
街中を通った時、建造物の応急措置を施す人達をチラリと見て、馬鹿らしく思えた。
あと一週間、7日後には恐らく、この町は無くなり、人もいなくなるだろう。
(あと、7日・・・か)
海産物を扱う市場は無事のようだったが、そこに居た人達も先程の事態で気が動転していた。
泣く人、神に祈る人、死を覚悟する人・・・
一つ、不思議に思う事がある。
あれだけの力と魔力を持つ者達ならば今すぐにでも世界を破壊し尽せるはずだ。
それなのに何故時間の猶予を与えたのか・・・?
怯える人間達の姿が見たいのだろうか・・・?

フィーラの疑問の一つに関する事象が魔法研究所に有った。
極秘で研究されていたある魔法が無くなっていた。
研究所内は修羅場と化していた。
―――あれが、あんな生物共の手に渡ったら、人間になす術は無い
学者達の何人かは悪魔達はこれが狙いだったと王に報告する。
王はすぐに国内に戒厳令を布く。
とにかく最後まであきらめるなという事だ。

(どうするのが、いいのかな・・・?)
行くべきか、行かざるべきか・・・
最善と思う方は、東へは行かず、母と最期の時間を過ごす。
そもそも、東に行って旧文明に纏わる民族や土地を訪れたところで、世界が救えるわけがない。
エルマの言った、自分だけでも助ける為に、ついでに運が良ければ旧文明の技術や兵器で応戦出来るかもしれないという賭けだ。
そんな賭けをしてでも母を置いて自分だけ生き残る気は毛頭無かった。
でも・・・
心の何処かでは東に何かがあるかもしれないという淡い期待。
溜息を吐く。白い煙となり流れていく。
浜辺への階段を下り、砂浜を波打ち際へと進む。
父とよく二人で海に来ていた事を思い出した。波の来ない所に腰を下ろし、昼間はこの海の向こうには何があるのか、夜間は輝く星達を眺め空の果てには何があるのか等と考え合った。
(・・・・)
「こんにちは」
突然の背後からの声に驚く。
振り返ると金髪の青年が微笑んでいた。
「・・・こんにちは」
フィーラは小さく会釈する。
―――あ、人間じゃないな・・・
海からの風は強く、冷えている。
見ただけでわかる薄着。白い服は薄く、身体を覆っているものはその一層だけのようだ。もう一つ、今歩いてきた所にあるのはフィーラの足跡のみ、青年のものと思われる足跡が見られない。
後ろに出現した・・・
待っていたのだろうか・・・
しかし、青年に対して怖いイメージを抱かなかった。彼の笑顔を見たから・・・?
青年はフィーラに言う。
「散歩ですか?」
「ええ・・・」
「あまり長居をすると風邪をひくよ」
こっちの台詞だ。
青年はずうずうしくフィーラに近付く。目の前に立たれ、金色の瞳で見つめられるフィーラ。
「あ―――」
―――あんまり近付かないでぇ・・・
目を逸らし、頬を赤らめるフィーラ。しかし、青年はコートの襟から見える首飾りの紐に目を向けていた。別にフィーラに見蕩れたわけではなかった。
「イイモノを持っているね」
「へぇ?」
間抜けな返事をするフィーラ。
「その首飾り・・・」
青年は目線をフィーラの顔に戻す。
「えっと、これは・・・」
交わる目線を外し、フィーラは首飾りを引き出そうとする。何故か見せてあげたくなった。
フィーラの手によって予想していた部分が現れ、青年は真顔になる。
フィーラはその意味がわからない。
青年は昔を思い出す。
(あいつ・・・こんな大切なモノをおいて逝っちまったのか・・・)
青年をよそにフィーラは首飾りの事を説明し始めた。
これは父がくれた、未知の材質で出来ている、中に何か入っている、開け方がわからない・・・
青年は本当の所持者を知っているし、何で出来ているかも知っている。入っている物も、そして開け方も一応知っている。
「へーそうなんだ」
感情の無い返事。
そんな事はどうでもよかった。
青年は目の前の人間の若い女性に用があった。
「君は今、悩んでいる事があるでしょ?」
「え?」
説明を中断し、聞き返すフィーラ。
フィーラはまた目を逸らす。何でやたら目を見てくるのか気になってしょうがない。こっちの心の中を見ているような気がしてならない。
「顔に書いてあるよ」
(ああ、間違いなく人間じゃない・・・)
顔に書いてあると尤もらしい事を言ってきた。一体何者なのか・・・?
「あの、一つ、訊いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
笑顔を作る青年。しかし、笑顔は一瞬だけ。青年の目が海の方へ向いた事を認識した途端、視界が回った。
爆音。
音と巻き上がる砂埃に目を閉じるフィーラ。一体何が起きたの?身体がどうなったの?
目を開けると、前には砂浜、身体は青年に腰を抱え上げられた状態だった。
(ちょ、ちょっと・・・!)
自分の格好悪い体勢に恥ずかしくなる。
それを察してか、青年はフィーラを立たせ、
「怪我は無い?」
と、訊いてきた。
「はい・・・」
怪我は無いけど心に傷を負いました。と、言いたかったが、青年の横顔から異常事態が起きたようだ。
彼はじっと砂埃の向こうを睨んでいる。フィーラは彼の後ろにまわる。
砂埃が晴れてくると翼を生やした人型の生物が二体居る事がわかる。
悪魔。
フィーラは怖くなり、青年の背中にしがみつく。
「大丈夫・・・何も心配はいらない」
青年は答え、手を回しフィーラの背中を軽く叩き、勇気付ける。
とは言え、彼も分が悪い事は判りきっていた。
一対二。
今まで一人で戦った事はない。
・・・やはり、悪魔が二体。二体共背中に黒い翼。
(堕天使型か・・・)
少し、安心した。
昔戦った、羽の無い真紅の悪魔よりは弱いだろう。あの時は仲間もいたし、あいつもいた。
「おや、かわしましたか・・・」
背の低い、初老のような悪魔は続ける。
「男、天使はお前か?」
(天使!?)
フィーラは青年の顔を覗き込む。
青年は問いかけに答える。
「いえ、違います」
「ふふふ・・・まあ、どっちでもいいです。二人共死んでもらえば問題ない事でしたね」
黙っていたもう一人の悪魔は右手を突き出し、闇の魔力を圧縮した魔法を撃ち出した。
未知の魔法にフィーラは驚く。
人間でも詠唱無しでもある程度の魔法を使う事が可能だが、この世のモノではない魔法を使うには詠唱は不可欠。 その力を司る者(そんなのがいるのかわからないが)との契約、更に制約を受ける、との事だ。
彼女は魔力はあっても魔法そのものを使う事は出来ないし、知識も人並以下だ。父のフィーラに対する思いがそうさせたからだ。
目の前の魔法が向かってくる。
青年、天使は魔力の密度と大きさから、悪魔の強さを読み取る。
こいつはそれほどじゃないな。俺一人で何とかなる。
そう判断する。ただ、今現時点で、自分にはあまり時間が無いみたいだ。派手な魔法を数発使えば、自分の存在が消えてしまう。そんな予感があった。
(めんどくせッ)
青年はまたフィーラの身体を持ち上げる。
「きゃっ」
でも今度は優しく抱き上げるように。
黒色の魔法は二人のいた空間で大きく弾け、かなり広範囲を巻き込んだ。人間だったらそこからは逃げられなかっただろう。
女とはいえ、人ひとり抱えて逃げるならなおさら。
フィーラの視界の下に悪魔達がいる。つまり、空に浮いてる状態だった。
(なに・・・これ・・・?)
状況を把握すると青年の身体にしがみ付く手により一層力が入る。
「物騒な奴等だよな、悪魔って」
フィーラは青年の背後に白い翼が6枚あることに気付く。
「!」
悪魔と敵対する存在―天使。昔、何かの本で読んだ。
悪魔も天使も作り話だと思っていたが、まさか自分の目の前に次々現れるとは思っていなかった。でも、世界の終わりから逃れる希望みたいに思えた。
(しかし、悪魔の血が流れる奴って、ロクな奴がいないな・・・)
さて、どうやってこいつ等を相手するか・・・
などと考えてる余裕はすぐに消えた。
今し方攻撃してきた悪魔が向かってくる。
瞬時に加速し、地上に急降下。
突然の動きにフィーラの口から声が漏れる。
「目、閉じてて。その方が怖くない」
青年はフィーラに言った。
下降するともう一人の悪魔が正面方向から先程と似たような魔法を撃ってくる。
瞬時に旋回体勢をとり、かわす。
「いい機動ですね」
海へと逃げる天使に向かって、悪魔は言った。
天使はどうやって戦おうか相変わらず考えていた。
手が塞がっている。相手は複数。どうしたものか。
後ろを見ると悪魔達は追い駆けてくる。
魔法攻撃をかわす。幸いなことに直進しか出来ない魔法しか使えないようだ。
ひとつ、いい作戦を思いついた。
「ねえ」
「は、はい!?」
フィーラは片目を開け、天使の顔を見る。
「俺が合図したら、しっかり掴まっててくれない?俺が手を離すから」
「ええっ!?」
―――そんな事を言われても
抱えていてくれるから空を飛ぶという初めての体験でも少し安心していたが、突然そんな要求を言われても困る。
こんな状況を打開する為のお願いなのだろう。そうじゃなければ、何時まで経ってもこの状況が続く。
「わ、わかりました。でも、ひとつ、お願いが・・・」
「何?」
「もし、私が落ちたら、絶対、助けてくれますか?」
「もちろん」
天使は即答する。
「冬の海ってやつは冷たいみたいだからね」
何となく不安になる。
しかし自分の力と判断では何とも出来ない。ここはこの青年―――天使に託すしかない。最後の台詞が引っ掛かるが・・・。
天使は攻撃を掻い潜り続け、悪魔達が随分いらついていると察する。
魔法の間隔が短くなっている。
(・・・そろそろいいかな?)
陸からかなり離れ、これなら最大出力でも誰にも迷惑かからないだろう。
二発、多くても三発で仕留めてやる。
―――腹を括ろう
「そろそろいくよ」
その言葉にフィーラは再度手に力を入れ、目を強く瞑る。何時、何が起きてもいいように。
「いくぞ!」
天使は言い、急減速をする。
悪魔達はチャンス!と思い、何の疑いもなく魔法攻撃を仕掛ける。
一気に縮まる距離。
飛び出した黒い魔力の塊・・・
殺(や)った!
悪魔達が思った瞬間。
天使は小さくループを描く機動をとり、ギリギリ背後から迫る魔法をかわす。
「何ッ!?」
予想外の機動に悪魔達は対応出来ず、天使の真下を通り過ぎる。
天使は更に180度、丁度一回転し終えると、目の前に悪魔達の後姿が。
「はい、終わり」
両手からそれぞれ一発づつ、光魔法”浄化の光”を撃ち込む。
簡単に着弾した。悪魔達は光に包まれ、その光が消えると、彼らの姿も消えていた。
フィーラは既に目を開け、その様子を見ていた。
「それじゃ、戻るよ」
「・・・はい」
笑顔で言った天使にフィーラは答えた。

砂浜が見えてくると、ようやく地面に足をつく事が出来ると思い、フィーラは安心した。
「あ・・・」
地面に降りてある事に気付いた。
(ちょっとちびっちゃった・・・)
言葉には出せなかった。
天使はそんな事とは露知らず辺りを見回していた。先程の爆発やら飛行を見られなかったか?等と考えていた。別に見られてもいいのだが、あまり自分の存在をこの世界の人間に知られたくなかった。
目の前の人間の女・・・こいつが何時、何処で首飾りを手に入れたのか知らないが、間違いなくあいつが絡んでいる。
この人間に何かをさせようというのか・・・?
天使は腕を組み、フィーラの後姿を見る。
(だとしたら、またロクでもない事を企んでんだろうな・・・)
顔がにやけてしまう。
フィーラが振り返ると、天使は真顔になる。
「あ、ありがとうございます」
言い、フィーラは頭を下げる。
「いえいえ、至極当然の事だから」
「?」
「天使と悪魔は闘う宿命だから」
天使は話を変える。
「それより、君の悩んでいる事」
人差し指を突然突きつけられ、フィーラは驚く。
「漠然とだけど、俺には何となくわかる。恐らく・・・君は何か行動を起こそうとしているでしょ?違う?」
「え、ええ・・・そうです・・・」
「だけど、それが本当に適切かどうかわからない」
「・・・・・・」
何故そこまで見抜けるの・・・?フィーラには心を見透かしているとしか思えなかった。そこがかえって不気味に思え、恐ろしくなる。
「・・・・・・」
天使も黙って相手の返事を待つ。
(脅かしているつもりじゃないんだけどな・・・)
ある程度までなら、伝えても問題無いだろう。悪魔の大群と戦う事になれば人数も多い方がいい。
ここはこの人間の女に賭けてみよう。どこまでやってくれるかわからないけど。
首飾りは新しい所持者の手により、自分の前に現れた。
あいつが絡んでいる。
生き返らせる方法・・・そんなのがあるのか?
どうみてもタダの人間だが、こいつを選んだ理由もあるんだろうな・・・。
「一つ、言える事があるかな・・・」
天使は視線を海に向け、続ける。
「俺が君の立場だったら、行動を起こす」
「・・・」
「一応、根拠もある」
海からの風が強くなる。海鳥達の鳴き声が遠くまで響く。
「君のお父さん、首飾りを何処で手に入れたか、教えなかった?」
「え?」
必死に思い出そうとするが、思い出せない。尤も父はそこまで話さなかったと思う。「お土産」そう言われて渡されたはず。
「覚えてないです・・・」
「・・・・・・」
天使は首飾りの事を話し始めた。
「実はその首飾り、俺の知ってる奴のものだ。多分、君に何かして貰いたいんだと思う。これは自信を持って言える。ただ・・・」
「ただ?」
「死んでいる可能性が高い」
「・・・その人も天使なのですか?」
「んー・・・そうゆう事にしておこうかな・・・」
フィーラはもう一度首飾りを手に取ってみる。
未知の材質の感触は冷たく、重みがある。
「これ、中に何か入ってますよね?」
「入っているけど・・・それは俺の口からは言えない」
「さっき、奴って言いましたよね?男の人ですか?」
「うん」
天使の言ってる事が、その気にさせる作り話ではなく、真実味のある話としてフィーラは受け止めていた。第一、目の前に想像上の存在と思われていた者が現れ、話している。 悪魔に敵対する存在・・・天使が出任せを言い、人間を唆すとは思えない。
「あの・・・こうゆう事は出来ませんか?」
「何?」
「貴方がこの首飾りを持った方が、その人の為になるような気がするのですが・・・」
天使は笑う。
「悪いけど・・・それは無理だね」
「どうして?」
「理由は判らないけど、俺の存在は不安定でね。さっきの魔法二発でもう打ち止め。これ以上魔力を消費したら存在が消えそうだ」
「何でそんな事が言えるの・・・?」
「予感てヤツだ」
「・・・・・・」
「それに奴は君を選んだんだ。君がやらなくちゃいけない」
責任を押し付け、突き放す言葉に怪訝な表情を浮かべるフィーラ。何か言おうとしたが止める。
「どっちにしろ・・・君は行くよ。心では決めているはず。それに、行って損は無い、死ぬ事から逃れられるかもしれないし。万が一って時は俺達が悪魔と戦うから。多勢に無勢だからあまり期待しないで欲しいけど(笑)」
「俺・・・達?・・・まだ天使がいるのですか?」
「一応。多分、これから先、俺みたいに君の前に現れると思うよ」
天使は直接的に協力は出来ないと遠回しに言っているようだ。いずれにせよ、首飾りの持ち主とやらにしか希望が持てないと言いたいようだ。
もし、東に行って、本当に何も無かったとしても、この天使が何人か仲間を連れて悪あがきをしてくれるのか。
「・・・・・・」
何となくだけど気が楽になり、フィーラは微笑む。母の事が心配だけど、ここは・・・
「お、どうやら決心がついたようだね」
天使も嬉しそうだ。
「・・・はい」
フィーラは答えた。
「じゃあ、俺の出る幕は一旦ココで終わりだな」
天使は歩を進める・・・と思ったら、すぐに足を止め、口を開いた。
「そうそう、ひとつ確認を」
「?」
「さっき、悪魔の親玉の声を聞いた?」
「ええ・・・」
「何て名乗った?」
「たしか、ビュージェエイファ、だったと思います」
「・・・・・・」
天使は考えているようだ。
「知っているのですか?」
あえてフィーラは聞いてみた。
「名前だけはね・・・大昔に天界に侵攻した悪魔だ」
天使は今度こそ行こうとする。
フィーラはいまいち釈然としなかった。まだ何か隠しているような気がして・・・
「あ、俺、名乗ってなかったな」
苦笑いする天使。
「俺はロミスナーレ、言うまでもなく天使。それじゃまた」
天使はフィーラの横を通り過ぎる。後姿を見ようと振り返ると、既に姿は無くなっていた。

「ふーん・・・」
「でも・・・僅かながらですが、希望の持てる話かと・・・」
「で、お前は同行すると?」
「う、うん・・・」
身内は無事であった。城の様子、エクルスの安否を伝え、いよいよ本題の話をした。
悪魔の警告は本当にこの世界の人間全てに届いたようだ。ティーク家の人間も聴こえたと言う。
いよいよ拙いのはこれから。誰かが何かをしなければ、確実に人類は抹殺される。
別に自分が英雄とか救世主になるつもりはリュアには無い。ただ、フィーラの話した旅が非常に興味深く、 もしかしたら・・・という可能性も秘めている。もし、何もなかったら・・・?そうゆうネガティブは考えは持ちたくなかった。
故にフィーラの旅に同行する事を伝え、上の台詞は身内がそれに対し発した言葉である。
「行ってみなさい、貴方が正しいと思うなら」
ユリエヌは賛成する。
「この町で、ただ滅びの時を待つよりはいいかも」
「だよな・・・」
兄ガルトが言った。
「僕は・・・こう言っては悪いと思いますが、とやかく言える立場じゃないですからね・・・」
ルベクトは言った。
物分りのいい家族というか何と言うか。
「ありがと」
同意をしてくれた御礼を言い、フィーラの期待に添えられそうで少し嬉しかった。やはり心には家族を残していく事に後ろめたさがある。恐らく、この人達はここに残るというだろう。
だから本気でフィーラの言う話が真実であって欲しいと思う。そして危機的状況を打開する何かがあって欲しいと願っていた。
「いつ出発するの?」
母が訊いてきた。
「フィーラさんは今週末を予定していたようだけど、この分だと・・・明日、下手すると今日出発なんて言うかも・・・。あ、でも、今回の事態で考えを変えて、『最期は家族と過ごします』なんて言われるかも・・・」
「だったら確認しにいってみたら?」
「うん・・・無事かどうかも確認してくる」
家を出、大通りへと向かうリュアの後姿を窓からユリエヌは見てた。
あの子が旅に出るようになって三年・・・
夫がこの世を去った翌年、旅に出るようになった。最初の時は反対した。女一人で世界を見て回る?何を言っている・・・と、思った。
「母さんが教えてくれた剣術と、母さんが作った剣があるから、大丈夫」
ニコニコしながらリュアは言った。
ユリエヌは条件を課した。
期間は春から秋の間のみ、冬までには帰ってくる事。魔法は絶対に使うな。必要以上に剣を抜くな、人を殺すな。余計な事には関わるな。土産を買ってこい。
リュアはしっかり守っている。守護団に加入した今でも。
職務放棄。
持たせた剣の具合を見ながら、そんな事を思い、一人吹きだした事もあった。
今では、
「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
と、普通の見送りをしてきた。
しかし今回は永遠の別れという可能性を秘めた旅である。正直言うと、行かせたくはない。
夫のように家族を残して遠くに行ってしまうのではないかと・・・
リュアの後ろ姿が乱れる。
(あれ・・・?歳かな・・・?)
ユリエヌは目を擦る。

幸い街中の被害は少なく、大きい建物や見張り用の高台、時計塔以外は目立った被害は少なかった。空に昇っていく煙も既になくなっていた。
フィーラの家の近くまで来ると、脇道から見た事ある男性が出てきた。
(あ、この人・・・名前何だっけ?)
フィーラと一緒に居る所を何度か見た事がある。紹介してくれたけど長い名前でよく覚えられない。
向こうもリュアに気付き、軽く会釈する。
(ああ、そっか、もう一人の同行者ってこの人か・・・)
彼の背中を追い駆ける。彼も付いてくる者に気付いたのか、立ち止まってこちらに振り向いた。
「どうも・・・」
真っ先に声をかける。
「急いでるみたいですね」
男性、イクスケリオンが返した。
「ええ、彼女に大事な話が」
「俺もです」
どうやらフィーラは無事のようである。
会話はそこで終わった。
イクスケリオンの後ろを歩く形でフィーラの家に向かう。
お互い、話の内容に検討が付いていた。旅に同行するか否か・・・
ここで言うより、フィーラの前で言おうと決めていた。
「あ・・・」
フィーラの家の前まで来ると、その家の娘が通りの向こうから駆けてくるのが見えた。待つ二人。
息を整え、フィーラは言う。
「私、二人に、大事な話があるんです。・・・聞いてくれますか?」
「はい」
「ああ、俺も・・・」
リュアとイクスケリオンは答える。
「じゃあ、どうぞ、中へ・・・」
フィーラに案内され、二人は家に招かれる。
「ただいま」
「おかえり」
フィーラの様子を見てエルマは、
(どうやら決心がついたようね)
と、思った。
「お邪魔します」
リュアが言った。
「あら・・・貴女はあの時の・・・」
「ご無沙汰しています」
「貴女も居れば大丈夫ね」
「・・・・・・」
エルマはリュアも同行するものだと勝手に解釈していた。尤もリュアもそのつもりだが、黙っていた。やはりフィーラの決断を聞きたかった。
台所に行く母。茶を淹れてくれるのだろう。フィーラは二人を座らせた。
「私から話をしてもいいですか?」
「うん」
「どうぞ」
「はい・・・あ、あの、これから話す事、さっきあった事なんです。嘘じゃないです」
「信じるよ、あんな事があったんだから」
悪魔達の存在を知ってしまった以上、多少の事は疑わない。
フィーラは語る。天使の存在。天使と悪魔の対立。首飾りの秘密。そして東に何かがあるという事・・・
「・・・・・・」
身構えたとはいえ、予想以上の内容に肝を抜かれた。
東に行く意味はあるが旧文明に纏わる話は出なかった事に疑問を持つイクスケリオンとリュア。でも考えは変わらない。 だったらそれを己の目で確かめてみたくなる。
「だから、私、一人でも行きます」
その言葉が聞きたかった。
「俺も行くよ。家族も了解も取れた」
「私も」
幼馴染と命の恩人は同行する意思を表す。
一つ見過ごせない問題がある。
「フィーラさん、確かその場所に到着するのに七日かかると言いましたよね?」
「はい・・・」
「今すぐ出発しないと間に合わないんじゃ・・・?」
「でも、用意の方は・・・」
「たしかに私はまだだけど・・・」
これまで黙っていたエルマが口を開く。
「仕方が無いと思うしかないわね。もしかしたら、その差が出るかもしれない。でもその時は運命として諦めるわ」
「お母さん!まだ死ぬと決まったわけじゃ・・・!」
「わかってる。最後の最後まで、貴女の話が真実であると願って、生き抜くわ」
エルマはイクスケリオンとリュアを見る。
「娘をよろしくお願いします」
言い、深々と頭を下げる。



こうして、私達の旅が始まった
いくつもの森と町、山と空を越えて、目的地を目指した
道標―――天使達は私達を導いてくれた
でも、世の中には知らない方がいい事もあった

―――――フィーラ・ガルシュツァット、旅の記録『旅魂』より冒頭から抜粋
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