Prologue
宇宙は何事もなく遥か彼方に輝く星の光を地上に届けている。
月は昇っておらず、深夜というのに、遠くの草原がうっすらと見える。地上自体放出する魔力が淡い光を放ち、地上を包んでいるからだ。
草原の先にある地平線が光を発しているように見える。
時折、風が丘の上を通り過ぎ、草木が囁く。
午前一時。
天体観測には絶好のコンディション。決して明るすぎでなく、作業に困る程闇が満ちているわけでもない。
丘に生える木の枝に腰を下ろしている者はいた。しかし、天体観測をしているわけでなく、ただ、遠くの地平線を見ている。その双眸は真紅。
この者は決して寝不足ではない。こうゆう色なのだ。そして時間潰しが好きだった。
長い夢から覚めた・・・そんな気分だった。別に何十時間も寝て、すっかり目が冴えたという事でもない。いや、そうともとれるか。『眠り』につく以前より感覚が研ぎ澄まされたような…。
あの時、『彼』は選ばれた・・・
そしてその後、何が起きたのか・・・
何となく、『彼』の気配を感じる。自分と同じく、目覚めたのだろう。何故今更?運命は「もう一度、『彼』と戦え」というのか?
背後に気配。『彼』とは違う、自分と同じ種族―『悪魔』―の集団だ。大きな気配…。それでも動じる事は無く、真紅の瞳は地平線に向いていた。
気配の塊は後方10メートルの所で止まった。
「アークエイト」
この男に一度だけ会った事があるが、何時だったか覚えていない。でも、気配はしっかりと覚えている。自分とは合わないタイプ。
真紅の瞳の女は地に降り、振り返る。
瞳と同じ色、真紅の髪は腰まであり、着ているものは真紅のドレス。紅紅紅。整った顔に細身の体。それでも出っ張る所と引っ込む所のメリハリはついており、まさに容姿端麗という言葉が似合う。
現に、どよめきが上がった。初めて見る為、想像と違っていたからか。
八人の男女。一人は見覚えがあるが、他の者は初めて見る。
「久しぶりだな」
「覚えていない」
わざと素っ気無く返す。相手の男は苦笑する。
この男―ビュージェエイファ・ワヴァは遥か昔、一人の『天使』と戦って殺されたはずである。
彼は数千の悪魔を率いて天界に侵攻した。そして天使の軍勢と熾烈な戦いを繰り広げ、味方、天使は消耗し、ビュージェエイファも前線で戦った。
彼は最後の一人になっても決して諦めず、天使達の住む神殿に向かって突き進んだ。
天界を護る『四大天使』に限りなく近づいた唯一の悪魔…。
しかし、それ以上運は味方をしなかった。
彼の前に現れた一人の『天使』に、肉体と精神を滅ぼされた。
目の前に経つ悪魔も、目覚めたのだろうか?アークエイトは真紅の瞳をビュージェエイファに向けたまま、ぼんやりと思った。
何の用だ?
一刻も早く、この男から離れたい。アークエイトは声に出す。
「何の用だ?」
「世界統一には興味無いか?」
「無い」
即答。ビュージェエイファは苦笑する。
「そうか。じゃあいいことを教えてやる。今から一ヶ月以内に魔界と人間界を俺の支配下に置く。悪魔で埋め尽くす」
「なるほど、それで私から激励して欲しいのか?」
フンッ――ビュージェエイファは鼻を鳴らし、
「その時、もう一度お前の前に現れる、世界統一に興味は無いか?、と訊きにくる」
と、返した。
「断ったら?」
「お前を殺す。最大の脅威はお前だ。もし、お前が俺の敵に回ったら、後々困るからな」
「だったら尚更、最大戦力を備えている今、私に戦いを挑んだ方が賢明ではないか?」
ビュージェエイファは判っていた。自分と直属の部下『七大魔帝』でも、目の前の真紅の悪魔一人には及ばない事を。
アークエイトもそれは判っていた。あえて挑発してみた。相手に戦意は無い。どんな反応をするか見てみたかった。
悪魔の一人が剣を抜こうとし、ビュージェエイファが制した。
元々、正反対である事はビュージェエイファは知っていた。だからこんな誘いも断られる事も。
とにかく、アークエイトを敵に回したくない、戦いたくない。勝ち目が無いから。
これ以上は無駄と判断し、ビュージェエイファは、
「また来る、その時はいい返事を期待する」―――捨て台詞。
去ろうとするビュージェエイファの背に、アークエイトは声をかけた。
「これだけは言う、同じ悪魔としてお前とは戦う気は微塵も無い。敵に回る気も無い。味方になるつもりも」
目線を地平線に向ける。
「私の前にはもう現れるな」
「・・・」
黙って聞いていたビュージェエイファは―わかった―と答える。
「戻るぞ」
ビュージェエイファの言葉で悪魔達は去って行く。
「感じ悪ーい」
『七大魔帝』の一人(女)に言われた。
「俺が直々に誘いにくるよ、お譲ちゃん」
同じく、『七大魔帝』の一人(男:軟派風)に言われた。
アークエイトは賛同出来ない理由があった。まず、ビュージェエイファが嫌いな事。もう一つは誰かが訪ねてくるような気がするから。
『彼』とビュージェエイファの気配が似ている…今はっきりとわかった。
再びアークエイトは木の枝に腰をかけ、地平線を眺める。
『彼』が来る・・・アークエイトは直感した。
ビュージェエイファを止めに、そして自分と決着を付ける為に。
自分は負ける。
その時まで、一時の平穏を大切にしたい・・・
宇宙は何事もなく遥か彼方に輝く星の光を地上に届けている。